サステナブル社会

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サステナブル社会

「おい、聞いたか?またうちの赤井のやつが昇進を決めたらしいぞ」 「またか。まだ入社して三年だっていうのにマネージャーをすっ飛ばして執行役員候補に名乗りを上げているらしいな。いつからこの企業はスタートアップやベンチャー企業のようなトンデモ人事をするようになったんだ」  営業部のYとSが話すオフィスでは、室内にも関わらず見渡す限り緑が広がっており、デスクは長机が数台しかなく、コピー機などは置いていない。前時代的価値観で言えば随分と異様な光景であった。 「おいおい、今はもう既成概念なんざとっくに覆っちまってんだ。元々環境保護やリサイクルなんて「やってる感」が大半を占めてて、真剣にやってる奴なんざ居なかったんだ。それが今じゃ大真面目に皆取り組むのが当たり前になっちまった。でも、そもそもその動機が昇進や世間の評価、国際的な視線を窺ってなもんなのは依然として変わらないのがバカバカしいというか、滑稽な所だよな」  Yが毒付く。Sも人の事は言えないガサツな神経の持ち主ではあったが、流石に同フロアにいる社員の目が少し痛い様な気がした。 「最初は皆まともな事を言ってたし、やっていた気がするんだがな。フードロスの削減とか、環境汚染をしないエネルギーの活用とかな。でも今は、ご覧の通りだ」 Sが社内をぐるりとなぞる様に見渡し、それをYに見せつける様に促して見せた。Yもその意図を察して、乾いた笑いを浮かべた。 「この空間に紙が無くなったのはいつからだろうな?シャープペンシルはここ数年見てねえし、そもそもエネルギーの節約が推奨されてるからパソコンを開く時間さえまともに確保出来なくて消灯時間が日が落ちるより早くなっちまったじゃねえか。これじゃあペーパレスどころかデジタルレスになるのも時間の問題だぜ」 Yが毒付く。実際、20××年現在、世界は着実におかしい方向へと進んでいた。  最初は刻一刻と迫る食糧、エネルギー不足や環境汚染問題に痺れを切らした国連環境計画が警鐘を鳴らし、全世界で「サステナブル」な世界、社会の形成に一層の力を入れようとの取り決めがなされ、その活動に力を入れている国や企業は社会的評価を高め、国内外問わず大規模な事業参画や企業誘致に有利になるという流れだった。だが、いつの間にか「サステナブル」という言葉の観念は独り歩きするようになり、今では国を挙げて大喜利をしている様な状況になってさえいると言っても過言では無かった。 「実際、俺達の就職活動の時から大変だったよな。面接を受けに会社に来ればプライバシー無視の持ち物検査が始まって、何か環境に有害な物を持ってればその場で落選だ。カバンの中に紙類はまずアウト。環境に有害なタバコ、ブタンを含むライターなんて以ての外だ。そのおかげで喫煙者は今この国では2%程度しか存在しないらしい」 Sが過去にあった神経を擦り減らす経験を思い出しながら語った。 「それどころじゃないぜ。持ってるカバンも種類によっちゃアウトって話だ。将来廃棄する際にどうするんだって詰問されるらしい。就活のルールがこんな慣習の追加で一層複雑化したおかげで、マナー講師どもが困り果てて、最適解は「パソコンをセカンドバッグに入れて面接に臨む」がフォーマルな価値観だと今では触れ回ってるらしい。カフェに行くんじゃねえんだぞ。何考えてるんだか」 Yがそう吐き捨て、また続ける。  「俺の知り合いじゃあ、上長の評価を上げる為に社用携帯の裏に小型太陽光発電パネルを貼り付けるのを許可を取って付けたは良いが、熱が過集中して結果大火傷した挙句、携帯も壊れて評価が落ちたって奴も居たな。とんだ笑い話だ」 「そういう笑える話なら良いんだがな。今の世の中は生きにくくて正直仕方ないよ。ゴミの回収には一度に出せるゴミの量に制限がかけられるし、粗大ゴミの場合はそれを排出するに至った理由とその内容に虚偽が無い事を証明する印鑑付きの誓約書を役所か出張所に提出しなきゃいけない。飲食店では生ごみの排出に対する処置が厳罰化したお陰で食事を残した場合に罰金を求める店舗が殆どになったし、その罰金額も平均にして3万はゆうに超えてくる。当然小売店もゴミの排出に制限がかけられる様になった以上、在庫を持たがら無くなって消費者に対してモノのサプライが大幅に減って、コンビニの棚はスカスカじゃ無い店舗の方が珍しいくらいだ」 「環境には優しくても人間には優しく無いってか。これじゃあ先に人間がサステナブル出来なくなっちまうな」  Yが軽く冗談を言って見せるも、どうにもそれを否定出来る気がせず、Sは笑い飛ばす気にはなれなかった。 「実際、「増えすぎた人間が環境を汚染するのが悪い。なので人口を制限すべき」とかなり過激な思想を持つ集団が現れて来ているし、俺たちがサステナブルの対象に入っているのは怪しいものだな。頭が痛くなるのは、その主張をしている集団の中に少なからず政治的集団や実業家が居るって事だな」 「笑えねえなあ。これならいっそ木に生まれてきた方が幸せだったかもな」 「俺らはまだギリギリマシだった方さ。今じゃ教育の在り方さえ大きく変革して、学校が取り壊されてそこに植林をする事が押し進められているらしい。義務教育の時点から各自治体が運営している分散型総合学習システムにアクセスして、児童が振り分けられたクラスルームにセキュリティパスワードを打ち込んで学習する。って形で完全にオンラインで教育を完結させる方向にシフトチェンジしていくらしい。現に自治体の同意の下に先行実験的に施行されている場所もあるくらいで・・・」 「おい」  Sが更に話に花を咲かせようとした瞬間に、横槍が入った。YとSの直属の上長だ。手には手袋をはめ、まだ肌寒い季節だというのにワイシャツを肘まで捲っている。 「お前達、オフィス内で仕事も進めずにダラダラ雑談とは良いご身分じゃ無いか。赤井は今月オフィスに23本も木を植えて昇進を決めたんだぞ。私達も負けていられんだろう。すぐに業者に連絡を取って木を調達して、このオフィスだけでは無く木を植えさせて頂ける他社のオフィスも探し、アポイントを取って訪問しなければ・・・」  YとSは顔を見合わせて、呆れた様にお互いため息を吐いた。 「つくづく、世の中っておかしいよなあ」 Yはそう言って、ポケットに忍ばせたライターを握り締め、オフィスを出ていった。
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