はやたくんの勘違い

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はやたくんの勘違い

「じゃあな、澄人(すみと)」 「うん。また明日」  家に遊びに来ていた友達を駅まで送り、改札で別れる。のんびり帰宅すると、隣の家から背の高い男性が出て来た。 「はやたくん?」  久しぶりで嬉しくなりはしゃいでしまう。前に会ったのは正月だ。俺が駆け寄るとはやたくんは暗い、どこかつらそうな表情を見せる。 「友達が遊びに来てたのか?」 「うん」 「……仲良さそうだったな」  硬い口調に、どうしたのだろうと首を傾げる。はやたくんはいつも見せてくれる笑顔をまったく見せてくれない。 「そうかな」  学校で仲良くしている友達だが、特別親しいかと聞かれたらどうかな、と答えてしまう。友達ではあるけれど親友ではない。  表情を曇らせているはやたくんの様子がおかしくて、でも会えた嬉しさに深く気にせず話しかけていると、突然視界がなにかで遮られた。唇に柔らかいものが触れ、離れて行ったときにようやくはやたくんの顔が至近距離にあったことがわかる。  ずっと好きだったはやたくん。好きだということは言ったことがない。 「なんで……」 「っ……」  走り去って行く背中を呆然と見つめる。なにが起きたのかわからなくて立ち尽くした。  ふたつ上の幼馴染、はやたくん――正しくは隼武(はやたけ)くんだけれど、俺は昔からずっと「はやたくん」と呼んでいる。小さい頃から俺はいつも彼の後をついてまわっていた。  はやたくんが大学生になりひとり暮らしを始めてから会う機会が減った。それでもずっと好きで、大学は同じところを目指そうと思っている。  恰好よくて大人なはやたくん。少し意地悪で、そんなときは悪戯をした子のように笑う。どこをあげても全部が好きだ。軽い気持ちでキスをするような人ではなかったのに、大学に行って変わってしまったのだろうか。  ……それとも、軽い気持ちではなかった?  脳裏にはやたくんの笑顔が過り、それから先程の苦しそうな表情が浮かぶ。  でも俺は目立つところがない地味な男子高校生。はやたくんのようなみんなの憧れの人が軽い気持ちではない想いを持ってくれるとは思えない。  ということは、やはり変わってしまった……?  それでも最低なんて思えない。胸が苦しい。好きな人にキスをされたのに唇が冷たい。  どうしてキスしたの?  はやたくんに連絡をしてみようと思っても勇気が出ない。もしかしたらはやたくんのほうから連絡があるかもしれない、と待ってみたけれどスマホは鳴らない。  俺から聞いて、「気まぐれ」と言われたらどう反応していいかわからない。気になるけれど、聞きたくない気持ちのほうが大きい。スマホをそっと机に置く。  はやたくんになにがあったのだろう。そういえば、はやたくんはつらそうな顔をしていた。なにかあった? 考えられることをあげてみる。誰かと喧嘩をしてむしゃくしゃしていた、なにか思うようにいかないことがあった、つき合っていた人に振られて自棄になった、とか……。  でも彼を振る人なんていないだろうし、振られたのはないか。そう考えて首を振る。恋愛はなにがあるかわからない気がする。……そう、ずっと好きだった人から突然キスをされることもある。  理由が知りたい……知りたくない。複雑な思いが心の中で交錯する。どんな理由でも受け止めたいが、果たして俺にできるかどうか。 「……会いに行ってみよう」  知りたくないけれど、知らないといけない気がする。初キスをこんなふうに終わらせたくないし、なによりはやたくんがどういうつもりだったのかを聞かないといけない。  スマホを見るけれど、違う、と立ちあがる。メッセージではなくて、顔を見て、はやたくんの目を見てきちんと聞きたい。  すぐに部屋を出て隣の家に行く。はやたくんのお母さんは家にいて、はやたくんの住所を聞くとにこにこしながら教えてくれた。 「隼武は澄人くんが大好きだから、会いに行ってくれたら喜ぶよ」  「今日顔を見せに来てくれたけど澄人は学校だから会えないってぶつぶつ言っていた」と苦笑するおばさん。 「昔から仲良しだね」  その言葉には素直に「うん」と答えた。  大好きなはやたくん。  おばさんの話だと、はやたくんが変わってしまったとは思えないし、振られて自棄の可能性もなさそうだ。  それならどうして?  メモに書いてもらったはやたくんの住所をじっと見つめる。  はやたくんに会わないといけない。
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