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王子様のご執心2
忘れていたけれど、今里村と手を繋いでいる。離したほうがいいのだろうか。周りはまったく気にしている様子はないから、このままでもいいか。
「章人、今日はおとなしいね」
「そっ……んなことない」
「そう?」
「……うん」
自分でもおとなしいとわかっているが、それは緊張のせいでしかない。言い出したのは俺だけれど、実際そうなると考えたら心臓が激しく脈打ちすぎて口から飛び出しそうだ。
「あ。ドラッグストア寄っていい?」
「うん」
手を繋いだままドラッグストアの自動ドアをくぐる。里村が陳列棚を見まわし、向かった先は――。
「は?」
「え、必要でしょ?」
里村が手にとったのはコンドーム。急激に頬が熱くなり、里村が視界に入らないように俯く。
「……ほ、本当に……」
「なに?」
「……なんでもない」
言葉を呑み込む。
――本当にするの?
聞きたいような聞きたくないような複雑な思いが心にある。「する」と言われたらどきどきしてしまうし、「しない」と言われたらそれはそれでショックだ。ショックを受けるということは、やはり俺は「する」と答えて欲しいのだ。つまり俺は「したい」わけで――。
考え始めたらさらに鼓動が加速してきた。
「章人?」
「えっ」
「どうしたの?」
里村の手にはドラッグストアのロゴが入った紙袋がある。いつの間にか会計を済ませたようで驚いてしまう。そしてその紙袋の中にはコンドームが……。
「なに考えてるのかなあ?」
「なにも?」
「そんな真っ赤な顔して言っても説得力ないよ?」
手をとられて歩き出す。店を出るのかと思ったのに、予想に反して店の外には出なかった。
「章人ってシャンプーなに使ってる?」
「えっと、これ」
「髪さらさらだよね」
不意に髪を撫でられ後ずさる。俺の過剰な反応に里村は苦笑して、手をぎゅっと握ってくる。
「こんなところでなにもしないよ」
「う、うん……」
「俺のこと意識しちゃうんだ?」
「……うん」
素直に頷くとまた髪を撫でられた。
「今日の章人は素直で可愛すぎるんだったね」
「……そうかな」
「普段の意地っ張りな章人も、素直な章人も、どっちも可愛いよ」
ふわりと微笑まれ、心臓が大きく跳ねる。この恰好いい男は俺の彼氏なのか、と今さら思って、里村の視線が恥ずかしく感じてしまう。
「章人と同じシャンプーにしたら同じにおいになるかな?」
「は? やめろ」
「なんで? 章人とおそろいがいい」
「だめ。今のままの里村がいい」
言ってからはっとする。里村は目を見開いてからわずかに頬を染めた。そういう反応をされるとこちらも恥ずかしくなる。
「そ、そっか……」
「うん……」
なんとなく見つめ合って、それからふいっと視線を逸らす。心臓がおかしくなりそうだ。どう考えても今日の俺はおかしい。
「ほ、他になにか買うの?」
「別にこれっていうのはないんだけど」
「けど?」
里村が言葉を濁すのでなんだろうと首を傾げる。目が合って、里村は唇をきゅっと引き結ぶ。
「……歩いてちょっと緊張をほぐしたい」
「っ……」
俺だけではなく里村も今日はおかしくないだろうか。いつもよりまとも、と言ったら失礼かもしれないが、でも普段以上にちゃんと話が通じる。
里村は俺の手をとり、また店内をゆっくり歩き始める。言葉どおりに指先が冷たくなっていて、緊張が伝わってくるようだ。もとから緊張しているところに緊張が伝わってきたら緊張度合いがものすごいことになる。ばくばくと脈打つ心臓を静めようと深呼吸をしてみた。そんな俺を里村は横目で見る。笑われるかと思ったら里村も深呼吸をした。
「緊張、俺と章人でおそろいだね」
「……そんなおそろい嫌だろ」
「ううん。嬉しいよ」
本当に嬉しそうに目を細めて握った手を持ちあげる。
「章人、指先が震えてるね」
「……里村だって指先冷たい」
「おろそい」
優しい微笑みに緊張ではない違う感覚が心に膨らむ。言葉にできないような温かい気持ちに無理矢理言葉をあてはめるなら「愛おしい」。自分はこんなにこの男が好きだったのかと驚いてしまうくらいの気持ちが全身に広がる。
「うん。おそろい」
素直になるのは難しいけれど、笑って見せると頭をぽんと撫でられた。なんとなく握った手に力をこめると同じように里村もきゅっと握り返してくれた。
「もう少しなにか見る?」
「……」
首を横に振って澄んだ瞳をじっと見つめる。その目が「本当にいいの?」と聞いている。もしかしたら緊張をほぐすと言いながら、俺が逃げ出す時間を作ってくれたのかもしれない。
なぜか抱きつきたくなったけれどこらえた。
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