親友の大事な人を好きになりました

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親友の大事な人を好きになりました

「大事な人と会う約束があるんだけど、代わりに待ち合わせに行ってくれない?」  親友の陸翔(りくと)が両手を合わせて頭をさげる。急な委員会の集まりが入ってしまい、約束の時間に間に合うように行けそうにないとのこと。 「連絡したら?」 「スマホ、家に忘れた」 「……」 「お願い、(そう)! ついでに『陸翔は授業を真面目に受けている』って言って!」  どうして授業のことが出てきたのかわからないけれど、陸翔が来るまでの時間潰しをすればいいのだろう。場所も遠くないし、仕方がないので引き受けた。  待ち合わせの駅で降り、陸翔から言われた場所に近づいたところで足が自然に止まった。背の高い美形男性が立っている。爽やかな雰囲気のその人に、一目で惹かれた。陸翔から聞いた相手の特徴は「背が高いイケメン」で、それで絶対わかるということだったがこの人が陸翔の大事な人だろうか。陸翔も恰好いいけれど違うタイプの美形だ。 「あの」  恐る恐る声をかけ、陸翔の待ち合わせ相手か聞くと男性は笑顔で頷いた。事情を説明しながらどきどきする自分におかしいと思うのに魅せられる。  男性は瑛大(えいた)と名乗った。  あまり長くそばにいてはいけない気がして、名残惜しく感じながらその場を去ろうとすると引き留められた。 「想くん、よかったらつき合ってくれない?」  引き留められたことを嬉しく思っている俺は断れるはずがなく、瑛大さんと並んで歩き出す。今日の陸翔との約束は買い物だったと聞き、陸翔の「大事な人」という呼び方もあり、ふたりはつき合っているのだと俺は理解した。陸翔から恋人の話など聞いたことがなくて驚きとショックが同時にやってくる。ちくん、と胸が痛むので不思議に思いながら胸元に手を当てた。  男性相手にどきどきしたことなどないのに、瑛大さんにはなぜかどきどきする。指の動きひとつまで目で追ってしまう。そこで思い出す。この人は陸翔の大事な人だ。  俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれて、さりげなく俺を歩道側に導き自分は車道側に並ぶ。「疲れたらすぐに言って」と微笑みを見せる優しくて紳士的な瑛大さんに、見た目だけではなく恰好いいと思う。  大きな書店に入り、高校生向けの参考書を選ぶ瑛大さんを不思議に思う。大学生だと言っていたけれどどうして高校生向けなのだろうと疑問をそのまま口にすると、瑛大さんは陸翔の家庭教師をしているとのことだった。だから「授業を真面目に受けている」か、と納得する。  同時にそのとき、初めて陸翔に対して嫉妬心を覚えた。恋人で家庭教師――そんなにいつも一緒にいるのかと思うといら立ちさえ湧き起こってしまう。  俺の意見も聞きながら瑛大さんは参考書を数冊選び、レジに向かう。俺なんかの意見でいいのかと思ったけれど、「すごく助かる」と言われて心が満たされた。嬉しい反面、ちりちりと心が焦げる。陸翔のために真剣に参考書を選ぶ横顔が綺麗に見えて、俺はせつなくなった。どんなふうに陸翔に勉強を教えるのかと想像するだけで顔が引き攣りそうだった。 「助かったよ」 「いえ……」 「そろそろ陸翔が来るかな」 「……」  来なくてもいいのにと思った瞬間に自分にショックを受ける。陸翔に対してこんな感情はもったことがない。大事な親友なのに、こんなことを思ってしまったことが心を重くする。  本屋を出て待ち合わせ場所に戻ると陸翔が立っている。なんでもない顔をして声をかけようとしたら瑛大さんに止められた。 「連絡先交換しよう?」 「え……?」 「だめ?」 「……だめじゃないです」  罪悪感が針となり、全身を突き刺す。それでもスマホを出して連絡先を交換してしまった。  周りの喧騒が嘘のように遠く感じる。胸を高鳴らせながら瑛大さんと連絡先の交換をしている自分を離れたところから眺めているような感覚が起こった。 「ここで別れよう」 「あ……。……はい」  はっと我に返り、俺は陸翔と合流せずに駅に向かう。この後ふたりは仲良くデートをするのだ。  ふたりが並んでいるところを見たくなくて振り返れなかった。  翌日、陸翔は登校してきたときから機嫌が悪い。瑛大さんとなにかあったのだろうか。気になるけれど聞けない。ふたりの関係をこれ以上知りたくない。  朝の予鈴が鳴る前に瑛大さんからメッセージが届いた。 『また会いたいな』  胸が甘く高鳴るメッセージになんと返信したらいいか悩む。俺も会いたいが、親友の彼氏と仲良くするのはよくない。唇を噛むと同時にもう一度スマホが短く震えた。 『明日会えない?』  会えない、会ってはいけない。そう思うのに指が勝手にオーケーの返信をした。その次に届いたメッセージは『陸翔には内緒にしてね』で、罪悪感が一気にのしかかってくる。  やはり断ろう、そうしないといけない。わかっているのに指が動かない。  陸翔の目が見られないまま放課後になった。断りのメッセージを早く送らないといけないと思うのに、やはり指が動かない。こんなのではだめだ。きちんと断らなくては――。  次の日の放課後、結局断りのメッセージを送れなかった俺は陸翔に「先に帰る」と言って瑛大さんとの待ち合わせ場所に向かってしまった。陸翔に隠しごとをするのは初めてだが、正直に言えることではない。  瑛大さんはすでに待っていてスマホをいじりながら視線をあげ、俺を見つけたようで表情を和らげる。近づいたときにスマホの画面が見えてしまった。陸翔とのトーク画面だった。  やはりいけない、と思うのに「帰る」と言えない。瑛大さんの笑顔を見ると胸がせつなく疼く。これ以上近づいてはいけない――わかっているのにふたりの時間をすごしてしまう。  ショッピングモールに行って店を見ながらのんびり歩いたり、カフェで他愛のない会話をしたり。穏やかな時間の中で、だめだと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど瑛大さんに惹かれていく。そして脳裏にちらつく陸翔の顔。 「また会える?」 帰り際に聞かれて躊躇う。「もう会えない」、そう言わないと。わかっているのに、瑛大さんの顔を見たら胸が疼いてなにも言えなくなり、黙って頷いてしまった。  帰宅後、これは裏切りだと自分を責め続けた。
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