もものかおりはまぼろし

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もものかおりはまぼろし

(あ…桜の花びら…?)  フワリと花びらが舞う。秋のはずなのに。 「なにしとるの〜〜?」 「嫌な事があって、たそがれてんの」  夕日が沈む様子を眺めていた女子高生は背後から声をかけてきた、リクルートスーツの女性にそれだけ言った。 「ウカウカした若者にも嫌な事があるのかぁ」 「そりゃあるよ!」 「じゃあさ、桃源郷いかない?」 「はぁ?」  素っ頓狂な発言に眉を寄せた。「皆には秘密なんだけどさ」 「え、何?ヤクが売られているトコ?」 「人聞き悪いなあ!ほら、こっちこっち!」  階段を降り、畑の広がった道を行く。するとフワリと花々の匂いがして、当たりが暖かな日差しに包まれた。春の風だ。  気がつけば眼前には桃の花が咲き乱れた美しい景色が広がっていた。 「な、なにこれ」 「桃源郷だよ」 「へー、たまには良い所に遭遇するものね」 「褒めて!!」 「やだ」  リクルートスーツの女性はしょんぼりすると、桃の実に触れた。 「これ、お土産にあげようと思ったのに」 「いやいや…怪しすぎて逆にいらないって…」  みずみずしい桃は美味しそうに見えたが、これまでの経験からして罠に思えた。 「ここの桃を食べたら不老不死になって嫌な事も忘れちゃうのに??」 「怪しすぎだろ…」 「うそうそ!ただの桃です!ま、もらってきな!許可はもらってあるから!」  仕方なく桃をもらうと、畳んでいた紙袋を広げ、いれた。 「でも、綺麗だね」  柔らかいグラデーションの空は朝方にも思え、清々しい気持ちになる。 「ありがとう。教えてくれて」  するとリクルートスーツの女性は虚をつかれたような顔をして、一転照れ笑いを浮かべた。 「照れますなあ」  二人で家路につく事にする。「ん?」  一瞬、あれだけ心地のよかった桃の香気が生臭い甘さに変わった気がした。嫌でも、嗅いだ事のある臭いだった。  家に帰り、明日の弁当の用意をする。  桃を切りタッパーにつめ、ため息をついた。どうせこれは食べられない。  いじめっ子たちに弁当をめちゃくちゃにされるのだから。 「まあ、これもルーティンよね…」  生きるための動作。惰性でも続けなければならない。  女子高生は荒れ果てたリビングの景色を見た。 「あれがある限りは私にお金があるから」  数日後。女性はスマホの記事を読み、手を止めた。  とある女子校で数名が行方不明になり、やがて畑で無惨な変死体となって見つかったらしい。他殺でなく、どうやら違法薬物による錯乱で自らの内蔵を取り出したり、他生徒の人肉を食したのだという。  違法薬物の目星はついていない。メディアには格好の的だった。 「あー…あの子の学校か」 「こんにちは」  丁度よくかの女子高生がやってきた。どうやら帰りのようだ。 「無事だったんですね」 「はい。私は何とも」 「良かった。学校は大変でしょ」 「変な噂が出回っている他は普通ですよ」 「はあ、噂、ですか」 「ええ。あの事件があった畑の辺りには桃源郷があるって噂です」
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