青い夏は、透明の味がした

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――――――  翌日の12時過ぎに、夏希は裕の家のインターホンを鳴らす。幼い頃からの付き合いなので、家の場所もよく知っている。 「ちゃんと遅刻せずに来れたな。偉い偉い!」 「もー!またバカにした!」  元々両親と三人で暮らしていた裕の家は、ごく一般的な2階建ての一軒家。両親が仕事で不在であることが多いので、裕一人が過ごすには広すぎる空間だった。  それでもマメな性格の裕は掃除や洗濯を怠ることなく徹底していたので、部屋は全て綺麗に保たれていた。 ……その代わりに食事が手抜きになってしまった訳だが。 「はい、今日のお弁当!」 「さんきゅ!待ってたぜ!」  いつもの弁当袋を手渡され、裕は喜んで受け取る。 「はっ!今気づいたけどこの家に裕と私の二人きりじゃん!これは危ない予感がする……っ!!」 「あー、大丈夫問題ないない。お前みたいなガサツ女に何かしようなんて全く思わんから」 「それはそれでひどくない?」  いまいち自分のことを一人の異性として見てくれない裕に、少しだけモヤモヤする夏希。  それが裕の良いところでもあるんだけど。  彩り豊かな肉野菜炒めを美味しそうに頬張る彼を、ぶーっとほっぺたを膨らませながら見つめる。  昨日はきつそうにしていたから、夏バテに効きそうなメニューにしてみた。これで元気になってくれるといいな。 「んで、宿題の分からない所ってどこ?」  宿題のテキストを開き、ページを捲りながら夏希に訊ねる。 「えっとねー、証明と複素数と三角定理と因数分解!」 「全部やん!!しれっと中3で習ったやつ混ざってるし!」  真っ白なテキストとともに撃沈する二人。  夏希は本当に勉強が苦手だった。 「よくこの高校受かったな…」 「そんなにバカにすることないじゃーんっ!中学の頃の私は凄く頑張ったんだよー??」 ――裕と同じ高校に行きたかったから、なんて口が裂けても言えないけどね。きっとまた笑われるから。  それでも、裕は頭の中さっぱりの夏希のために、一問一問丁寧に説明していった。  普通の人ならすぐに嫌になると思うけれど、マメな性格の裕はこんな時でも決して手を抜かない。  だから、ちゃんと成果を出さなきゃ。そう思っているのに。 「あーー!全く分からーーん!!」 「お前またここ間違ってるし!さっき復習したばっかりじゃねーか!」  すぐに集中力が切れてしまい、夏希はすっと立ち上がる。 「おーい、休憩ならさっきしたばっかりだろー?」 「たまには外の空気を吸うのも必要よ!ね!」  リビングの窓まで歩き、外を眺める。  整った綺麗な庭を見て、夏希がまたはしゃぎだす。 「すごーい!裕の家の庭、広くてキレイ!裕って庭の手入れもしてるの?」  外を見ながら、裕に問いかける。しかし、裕の返事がない。こういうときは即座に「コラ真面目にしろ!」と喝を入れてくるはずなのに。 「裕?」  振り返ると、裕が倒れていた。 「裕!!どうしたの?」  慌てて彼の元に駆け寄る。  裕は、熱はないものの、顔が真っ青だった。 「ごめん、大丈夫だ……」 「全然大丈夫に見えないよ?裕、どうしたの?」  身体をゆっくり起こし、テーブルに体重を掛ける。なるべく夏希に心配を掛けないように、平然を装うがもはやそれに騙される夏希ではない。 「具合悪いの?もしかして、さっきのお弁当傷んでたとか?」 「ばーか、んなことねーよ。心配するな。 お前はガサツで色気もないけど、料理は天下一品だからな!」  辛そうな顔で、精一杯笑う裕。 「ごめんけど、宿題…また今度にしてもらってもいい?」 「もちろんよ!今からでも、病院行こうよ!」  そう提案する夏希を、裕はやんわり断る。 「ただの夏バテだって。病院並ぶ方が疲れるからさ、家でゆっくり寝るよ」  そう言われてしまうと、夏希もそれ以上は言えなくなった。仕方なく、その日は帰ることに。
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