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「私、死んでたんだ。だから私のお弁当…本当は裕、食べてなかったんだね」
夏希を失った裕は、喪失感から食べることができなくなっていた。
夏希が生きていると無理矢理脳に思い込ませて、彼女の弁当を食べたふりをすることで正気を保っていたと言ったほうが正しいかもしれない。
あるいは…
自分がもっと安全な場所を提案できていたら、一緒に廃屋の中についていってあげていたなら、結果は違ったかもしれないという後悔と自責の念に囚われた、裕の精一杯の罪滅ぼしだったのもしれない。
「ごめんね、裕。こんなに…ボロボロになって、私のせいで……」
消えるようなか細い声で、涙を流す夏希。
「違う!お前のせいじゃねーよ。俺がお前と一緒にいたかっただけだ。だから…気にするな」
夏希の頭にポンと手を置く。暑い季節なのに、感触はあるのに…それはどこか冷たく感じられた。
「弁当、美味かったよ。ありがとな」
それは紛れもない事実だった。
「公園に、行きたいな」
涙を拭き、夏希はそっと呟く。
「いいよ。今から行こうか」
彼女の手を取り、歩いて公園に向かう。
消えないでくれ、このままずっと、このまま手を繋いでいてくれと裕は心の中で願っていた。
でも、二人とも分かっていたと思う。
真実が明かされた以上、残された時間があと僅かだということを…。
公園に着いた二人はいつものベンチに腰掛けて、周りを見渡す。
「小さい頃、私が作った泥団子、裕に食べさせようと追い掛けたことがあったね」
「そんなこともあったっけな」
「その度に裕は『食えるかー!』って言いながら逃げてたけど、最後にはいつも、食べたフリして私を喜ばせてたっけ」
他に誰もいない公園の、小さな砂場に目をやる。
「変わってないなぁ、私」
少し寂しそうに笑う夏希の手を、再び裕は握る。
「俺はさ、お前に笑っていて欲しかったからな。
今でもずっと……俺はお前を……」
そう言いかけたときに、夏希が裕の口元に人差し指を当てた。
「これ以上、裕の心を縛るわけにはいかないよ。
ありがとう、裕」
微笑む彼女の姿は、少しだけ透けていた。
繋いだ手の感触が、次第に無くなっていく。
「夏希……!」
「私、裕にお弁当作ってくれる彼女ができるまで、ずっと見守ってるからね!」
(お願いだ、あと少しだけ、
あと少しだけでいいから、夢を見させてくれ…)
そんな裕の想いも儚く、夏希の身体は光の粒子となり、消えていった。
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