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》イブちゃん?
思わず返信してしまってから、しまったと思った。だけど、時すでに遅し。
イブちゃんと思われるたんぽぽアイコンからすぐに着信がきている。
おそるおそるスマホを耳に当てると、やはり聞き覚えのある声が耳元に響く。
『優乃ーっ、まじ嬉しい。今向かってるから待ってろよ』
「え? え? 向かってるって?」
『もちろん優乃の家。慎一郎から優乃の連絡先が届いて、優乃が俺とデートしたいってから来いって言われて、即向かってる』
走っているのかもしれない。スマホ越しのイブちゃんの声が弾んで聞こえる。
ん? 待って、今なんて?
『とりあえずもうすぐ着くから、またな』
「え? は? あのっ……」
引き止めようとしても通話は終了してしまっていた。
『優乃が俺とデートしたいってから来いって言われて、即向かってる』
確かにイブちゃんは今そう言ったよね?
え? は? 待って? あたしそんなこと一言も言ってない! お兄ちゃん何考えてんの!
あたしは勢いよく立ち上がるとスマホを握りしめて部屋から出た。階段を降りると真っ直ぐリビングを目指す。
「お兄ちゃーん!?」
問い詰めようと一歩を踏み出した瞬間、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
まさか! もう来たの!?
あたしは玄関へと振り返った。
リビングから鼻歌混じりで出てきた兄に向き直るとジトッとした目を向ける。
「うわっ! 優乃、なんだよ、その怖い目……そんな顔今まで見たことないんだけど、どうした?」
どうしたぁ? どうしたじゃないよ!
そもそもお兄ちゃんがイブちゃんと入試で再会したところからあたしの今現状が狂い始めた気がするのだけれど? なんで再会なんてしたんだ!
「あたしはイブちゃんのこと、友達だとは思ってるけど、デート対象の相手では絶対にないから! あたしがデートしたいって言ってるなんて言ったら、イブちゃんますますあたしに近づいてきそうじゃん! ほんとやめて欲しいんだけど、そう言うお節介ってありがた迷惑っていうんだよ!?」
「沼る」って言葉は知らなくても、「ありがた迷惑」くらいは分かるでしょ? お兄ちゃん頭良いんだから!
両手をギュッと握りしめて思わず頭の中で思っていたことが、口から次々と吐き出されていく。不安だったお兄ちゃんのいない中学校最後の春。
ますます不安になる要因しか現れなくて、あたしの心の中は限界を突破した。
「……ごめん」
ガチャリと、ゆっくり静かに玄関のドアが開く。
背中越しに聞こえたのは、消えそうなくらい小さなイブちゃんの声。
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