26人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ
写っているのは確かにイブちゃんだ。そして、きっと隣で笑っている綺麗な女の人は、あの時話してくれた美術担当の先生だと思う。
「これは……周りの女の子たちがしつこいから、先生に頼んでやったって、言ってたよ。校長先生も認知してるって」
イブちゃんはあたしに、話してくれた。
「表向きはね、でもしっかり関係は持ってるんだよ」
只野がスマホを取り出して、あたしに向けてくる。
動画の中で、見覚えあるアッシュグレーの長髪が風で靡く。後ろ姿だけど、イブちゃんで間違いない。そして、カーテン越しにやってきた誰かに抱きしめられる。そのまま、倒れ込んで見えなくなってしまった。
「……なに、これ」
きっと盗撮だ。
「俺の友達が佐久間伊吹と同じ中学でさ、去年撮ったらしい。今まで世に出なかったのは、まぁ、あの佐久間伊吹の異名にビビって自分のスマホの中だけで留めていたからだけど、これをさ、ネットに拡散したらさ、面白くね?」
なに、言ってんの? こいつ。
「でもさ、別に俺、これが拡散されたところでなんの良いこともないんだよね。で、思いついたの。これを利用して、小宮を呼び出したら、ワンチャン付き合えたりしねーかなって」
あはははと、笑う只野にあたしは拳を握る。
「簡単に来るんだもん。もう答えはすぐ出るでしょ? これをばら撒かれたくなかったら、俺と付き合ってよ、小宮」
あー、本当にバカだ。なんでこんなにバカなんだろう、この男は。
呆れてしまう。だけど、それを拡散して欲しくないって思っちゃうあたしもバカだ。
イブちゃんが傷ついて寂しい顔をしているところなんて、見たくない。イブちゃんはずっと一人で耐えてきたんだ。
こんなバカなやつのせいで、あたしのせいで、また辛い思いなんて、してほしくない。
「……分かったから、今すぐそれ全部消して」
「えっ……まじ?」
あたしが承諾するとは思わなかったんだろう。間抜けな只野の顔に、イラッとする。
「スマホ貸して! 消去するから!」
あたしは只野の手元からスマホを取り上げて距離を取ると、映っていた動画の全てを消去して、スマホを机の上に置いた。
これで、イブちゃんの先生との過去が広まることは防げた。
だけど、只野と付き合う。それに承諾してしまったことはきっとなかったことには出来ないんだろう。
「小宮、俺、マジでお前のこと大事にするから」
真っ直ぐに真剣な目で告白される。
何回もそれを受けて来たけど、やっぱりあたしの胸にその言葉が刺さることはない。
「あたしは、只野のことは嫌いだから」
「は!? なんでだよ! 付き合ってくれるって言っただろ」
「言ったわよ! でも、好きになるとは言ってない! どこでも付き合ってあげる。その代わり、二度とイブちゃんに関わらないで!」
「……なんだよ、それ」
「イブちゃんは、あたしの大切な人だから!」
「……どこでも付き合うって、付き合うの意味ちげーだろ」
「だって! 付き合うってなんなの?」
「……え?」
「好きとか、付き合うとか、なんなの? あたしよく分かんない」
ほんとに、よく分からない。
好きな人だって今まで出来たこともないし、だけど、イブちゃんだけは、特別な気がして。
イブちゃんが現れたあの日から、頭の中はイブちゃんで徐々に埋め尽くされている気がする。
最初のコメントを投稿しよう!