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弾むような足取りで校門を目指す。一歩一歩踏み出す度に、心臓が高鳴っていく。
心地いい沼にハマっているような、そのまま沈んでいってしまいそうなくらいに、足元が緩んでしまう。
校門前で車止めに腰掛けるイブちゃんが、手元のスマホからあたしに視線を向けた。
途端に、とぷんっと全身がゼリーみたいにキラキラした中に落っこちた感覚になって、動けなくなった。
進みたいのに、足元がフラフラしてしまって、イブちゃんから目が逸らせなくて、どうしようもない。それなのに、この感覚がすごく心地がよくて、抜け出したくない。
「優乃? 平気?」
目の前で手を振るイブちゃんの姿に、ようやくあたしは弾けるようにゼリーから抜け出し、現実に戻ってきた。
「イブちゃん……」
「ん?」
「イブちゃんの沼って……ゼリーなの?」
自分でも、訳のわからないことを言っているって思った。だけど、この感覚を伝えるにはそれしか思い浮かばなくて。
「……え?」
「イブちゃん沼! 今ね、あたし、イブちゃん沼にハマった気がする!」
「え? なにそれ」
「うん、きっとそう。あたし、今沼ったわ」
一人で頷き納得するあたしに、イブちゃんは首を傾げて笑う。
「優乃、俺のこと好き?」
「え!?」
いきなり核心をつく質問に、あたしは焦る。
沼った感覚を覚えたばかりで、やっぱりまだ好きとか恋とかよくわからない。
「……ねぇ、イブちゃん」
「ん?」
「イブちゃんさ、美人な先生のこと、好きだったの?」
「え?」
驚いた顔をするイブちゃんに、あたしは慌てて「やっぱりいい!」と顔を背ける。
「それってさぁ、嫉妬?」
ニヤニヤと意地悪な笑顔を向けてくるイブちゃんに、あたしはムッとして首を振る。
「ち、違う! ちょっと気になっただけ」
「ふーん」
やけに余裕そうに笑うイブちゃんの表情に悔しく思う。
「嬉しいな。それって、優乃が俺のこと考えてくれてるってことでしょ? ちゃんと優乃が彼女になってくれたら、先生にも紹介させてよ」
「え……」
「ずっと優乃のこと相談してたんだよ、みのりちゃんには」
「……みのり、ちゃん?」
「うん、中学の美術の先生、みのりちゃん」
「や、やっぱり! そう言う関係!?」
下の名前で呼んじゃってるし、怪しすぎる!
「は? どういう?」
真っ赤になってしまうあたしに、怪訝な顔をするイブちゃん。あたしは、只野から取り上げて来た写真をカバンから取り出して、イブちゃんに見せた。
「おお……いい写真だね」
「え?」
「めっちゃ楽しそうにしてるでしょ? 俺。ここに来てる時だけはほんと気持ち楽だったからな」
懐かしそうに目を細めて写真を眺めるイブちゃんに、ちくりと胸が痛んだ。
ほら、イブちゃんは先生のこと、好きだったんじゃないか。
「やっぱり……抱き合ったりするくらい、好きだったんだね……」
なんだか、聞きたくないのにここまで来たらもう聞くしかなくて、だけど、うまく言葉も出てこなくなる。なぜか、湧き上がってくる涙で、視界が揺れた。
「んー? もしかして、この他にも何か見せられた? 優乃」
優しく聞いてくるイブちゃんに、あたしはさっきのことを話す。
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