→通り過ぎて沼

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「正直言うと、先生に、内緒でこのまま付き合おうよって言われたことがあって。たぶんその時に押し倒されたのを、たまたま見たやつがいたんだろうな」 「……え」 「だけどなにもないよ。まぁ……全然何もないわけじゃなかったけど、でも、俺はみのりちゃんのことはなんとも思ってない。好きなのは、ずっと前から優乃だけだよ。信じて」  微笑むイブちゃんの素直な気持ちが胸に沁みる。だけど、やっぱり気になってしまう。 「……何もないわけじゃなかったって、何があったの?」 「……え、聞く? それ」 「うん。あたし今、イブちゃんのことなんでも知りたいんだもん」  見上げた先のイブちゃんの瞳がまんまるくなる。そして、ふわりと笑った。 「それ、だいぶ俺に沼ってるじゃん」 「……その、沼ってのがまだよくわかんないんだけど」 「俺のこといつでもどこでも頭ん中から離れなくなるってことだよ」 「……じゃあ、沼ってるかも」  あたしが少し考えてから言うと、イブちゃんは、ははっと嬉しそう笑った。 「じゃあさ、今度は俺のこと、いつでもどこでも好きって思ってて欲しいな。頭ん中で俺といつでも会いたい、抱き合いたいって思ってて欲しいなぁ」  ストレートすぎる言葉に、あたしは顔が熱くなる。 「……そしたら、それは何になるの?」 「恋でしょ」 「……恋?」 「そうだよ」 「……そっか」  それが、恋なんだ。  あたし、イブちゃんのゼリーみたいにキラキラで心地いい沼に今ハマってる。きっと、そこを通り過ぎたら、恋になるんだ。  あたし、イブちゃんに恋できるんだ。  そっか、なんか、嬉しい。 「じゃあ、あたし、まだまだ恋通り過ぎて沼にハマっていたい」 「え?」 「なんかね、楽しいの! イブちゃんのこと考えるのが。なんだかワクワクする」 「……ワクワク」 「うん、ワクワク!」 「そうか、ワクワクか……それはまだ沼だな」  なんだか腑に落ちない顔をするイブちゃん。  夕日の傾いて来た河川敷。  キラキラとイブちゃんの髪が煌めく。  改めて見ると、本当にイブちゃんはカッコいい。  あたしがジッと見つめていると、イブちゃんは「あ!」と何かを発見して走って行く。  すぐに戻って来た手には、たんぽぽの綿毛。 「これ、一気に全部飛ばせたら、優乃にキスしてもいい?」 「え!?」  言うや否や、すぐに息をたっぷり吸い込んでから、ふぅっと綿毛を飛ばしたイブちゃん。  キラキラと夕空に舞い上がっていく綿毛を見上げて、あたしはイブちゃんの手元に視線を戻した。
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