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少女と『シンギュラリティ』エピローグ
西暦20XX年、ついにそれそれは起こった。AIの指数関数的な成長速度は、停滞しつつあった人間の知性を置き去りにするのに十分すぎたのだ。
こうして私達の生活は、一つ上のステージ、あるいは今までと全く異なるパラレルのステージに移行した。新たなステージに進んだ人間へ、AIは様々な報酬を用意してくれた。革新的技術や道徳的平和などはそのほんの一部である。そんな世界において、私を取り巻く環境は、私が予想していたものとは全く異なるものであった。
それそれが起こる数日前、私は母と一緒にランドセルを買いに、近所のスーパーに足を運んだ。母は
「地味な色にしておいたほうが、高学年さんになっても恥ずかしくないわよ」
と茶色や薄紫を勧めてきたが、私は母の助言の一切を聞き入れず、
「これがいい!」
と真っ赤なランドセルを指さした。一度言ったことは絶対に曲げない私の性分を知っていた母は、
「あなたがそういうなら、それにしましょうか」
とすんなり私の意見を尊重して、赤いランドセルを買ってくれた。私はそれを背負って学校に行くのが楽しみで仕方なかった。
入学後、初めてのHRの時間。私達の教室に、スーツを着た大人の男が入ってきて、突然得体のしれない物体を配り始めた。それは枕ぐらいの大きさで、淡い緑色、例えるならゲームのスライムのような見た目だ。触った感じもぷよぷよしていて、本当にスライムがゲームから飛び出してきたんじゃないかとさえ思った。男はクラスの全員にそれを配り終え、こう言った。
「えー、皆さん。まずは、ご入学おめでとうございます。皆さんのクラスの担任を努めることになりました。Aです。今配りましたのは、これから皆さんが学校生活を共にすることになる、一種のパートナーとでもいいましょうか。『シンギュラリティ』とよばれるものです。皆さんには、毎日これをランドセルに詰めて、学校に持ってきてもらうことになります。」
私には、この人が何を言っているのか、これっぽっちもわからなかった。せっかく買ってもらった憧れのランドセルに詰めるのが、教科書や筆箱じゃなくてこの気持ち悪いスライムだなんて。いったいどういうわけでそんなことになってしまうのだろうか。呆然とする私をよそに、先生は説明を続ける。
「今年度から、つまり、皆さんの代からはですね。従来の教科書やノートは不要なものとなります。必要な知識や思考など、全てはその『シンギュラリティ』を通して得ることができます。皆さんは『シンギュラリティ』の補助を受けながら、各々取り組みたい分野を決めて研究を行ってください。技術的特異点を迎えた世界において、人間が行う学習の一切は娯楽に成り下がりました。本来ならば、人間はすでに食事と睡眠、適度な運動だけで生命を維持できる段階にあります。いや、医療機関も人工知能の管轄となった時点で、それらすら必要なくなったのかもしれません。人間の生命維持のために、能動的ななにかが必要だった時代は終わったのです。ですが、ここが教育機関である以上、皆さんは学習を行わなくてはなりません。簡単なことですよ。初めは『シンギュラリティ』に脳のキャパシティをいじられる感覚に違和感を覚えるかもしれませんが、すぐ慣れます。そういうわけですので、皆さん。早速『シンギュラリティ』からのアクセスを体験してみましょうか。」
ようやく話し終わったかと思うと、いきなり机の上においてあった『シンギュラリティ』がわずかに光った。そして、私は、次の瞬間にはすべてを理解していた。
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