氷が生温い水になってから

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 床に零れ落ちた氷が解けるように、時間を掛けて形を変えていったのは、あなただった。ある時、私はみんなで写った写真を見ていて、バランスが悪いな……と感じた。この写真からあなたの姿を消せば、みんなの配置も綺麗な写真になるのに。どうしてか、あなたが変な位置に紛れ込んで、写っている。そこは、あなたがいていい位置じゃないでしょう。私の心が、急にそんな風に思うようになった。  思い返せば、初めから気に食わない部分がいくつもあった。あなたが、時折見せる笑顔が、何を考えているのか分からなくて嫌だった。あなたから、時折感じる臭いも嫌いだった。あなたの言い草にも、割と頻繁にイライラさせられた。  なのに、なぜ結婚してしまったのだろう。幸せな結婚生活を描いたドラマが製作されていたり、そういう時代だったのかもしれない。新婚の頃は、互いのことを名前で呼んでいて、しばらくするとドラマに出てくる麗しい妻のように、私は夫のことを「あなた」と呼ぶようになった。  でも、二人目の子供ができて、子供たちが成長していくにつれて、何かが変わっていった。いいえ、子供が出来たから変わったとかではない。初めから、あなたはそうだった。結婚する前の、付き合っていた当初から、浮気の疑いもあった。ただ、確たる証拠が掴めなかっただけ。  今、家庭の中には、子供たちがいる。あなたと二人ではない。  ――よく考えてのことではない。積もりに積もった私の気持ちが、自然とそうさせた。私は、夫のことを「あなた」と呼ぶのをやめた。呼ぶことをやめてしまった。  だって、私にとってあなたは、もう家庭の中の人ではないから。ただ、そこにいるだけの人。私にとっての夫は、どこかに消えてしまったの。もしかしたら、初めからいなかったのかもしれない――。  それとも、私が自分で消してしまったのかしら……。そんなことは、どっちでもいい。今に至るこれまでの年月は、消せはしないのだから。  最後には、あなたの存在そのものも消してしまいたい。きっと、あなたはそのことに気付かず、今のままを続けるのだろう。
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