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推しがいないなら作ればいいじゃないの!
千里離れた草原からでも、万里離れた山頂からでも、その荘厳な姿を拝めるといわれている純白の塔――「祈りの導き」。
そんな祈りの導きを中心に円を描くように広がる国の名はジャスターシュ王国。隣国との仲も良く、農業を始め工業商業などがバランスよく発達したこの国は、良く言えば平穏無事、悪く言えば退屈な日々であった。
「はあ~~~~っ」
祈りの導き最上階、王国全土を見渡せるテラスに設けられた柵に頬杖を突きつつ、アナスターシャは盛大で長々とした溜息を吐いた。それに呼応するように風が吹き、黄金を溶かし込んだかのように煌めく金髪と、身に纏っている塔と同じ色のショールとドレスを揺らす。
「退屈」
呟きも風に流れて消えていった。
刺激がなさ過ぎる。
その想いは口に出す事はせず、頬杖を止めると、ごちん、と柵に額を当てる。
この世界には娯楽も刺激もない!!
目を閉じれば、瞼の裏に元いた世界の情景が浮かんでは消えていく。
毎日更新を楽しみにしていた推しのブログ。毎週火曜日に放送されていた推しの冠バラエティ。フラゲしたCDに、目一杯のおしゃれをして参戦したコンサート……。
携帯もテレビもラジオも無いが平穏無事なジャスターシュ王国に生きる彼女は、この国の光の聖女であると同時に転生者であった。
元の世界の記憶は、この世界で成人とされる十八歳の誕生日に甦った。
仕事をしながら推し活に精を出していた日々。しかし推し初のドームツアーその初日に行く途中、居眠り運転の車が突っ込んできたのだった。
そうして光りの聖女アナスターシャとして転生し、光の魔法を使って平和を祈り、人々を導いていた。
って言っても、光魔法によって消えにくくなったランプを冒険者に与えたり、呪われた物品の浄化とか大人しい仕事ばっかなんだよね~。ああ、前の世界の、忙しくも楽しい日々が懐かしい……。
顔を上げ、再び大きく息を吐く。その時、背後で硬質な靴音がした。振り返ると同時、それはぴたりと止まる。
「タダムネ」
「アナスターシャ様、お寛ぎのところ失礼します」
片手を胸に添え、柔らかく腰を曲げる青年。さらり、青みがかった黒髪が流れた。タダムネと呼ばれた彼はジャスターシュ王国より更に東、セト海に浮かぶ島国より雇われた有能執事である。
「いつも言ってるけど、そんなに畏まらなくていいわよ。で、何かあったの?」
普段は口数少なく、必要な時以外アナスターシャに話し掛けてはこない。一人物思いに耽っている時など尚更だ。
アナスターシャは柵から離れ、体ごとタダムネに向き合った。それと同じタイミングでタダムネが姿勢を正す。彼のトレードマークといえる黒縁眼鏡がキラリと光った。
タダムネは、カツ、と靴を鳴らしアナスターシャに近付くと、小脇に抱えていた革のファイルを広げてくる。中には、写真が貼られ細かな文章が書かれた紙が数枚挟まれていた。
「今年度の祈りの導き勤務希望者、及び推薦者です」
ジャスターシュ王国の王宮と祈りの導きは、血筋や家系のみならず本人の希望や第三者による推薦でも勤務者を募っている。勿論その際身辺調査などが行われるが、気候も情勢も安定しているこの国、家業を継いだり冒険者になったりする者の方が多い。
「今年は……男性七名、女性は希望者無しか」
ファイルを受け取り挟まれた紙を捲りつつ、アナスターシャは小さく息を吐いた。王宮も祈りの導きも住み込みとなる。給金は市井より少しだけ良いだけで、自由に外出出来ないとなると希望者は段々減ってくるものである。
「まず一人目」
写真に写るは、新月の夜空のような髪を短く切っている、少年と青年の中間のような容姿の者。
「彼は私と同じ国出身の両親から産まれております」
タダムネが補足してきた。黒い頭髪はセト海の島国特有である。名前も『ダイナ・カナタ』と、タダムネに似てどこか東洋風であった。
「ダイナの両親は冒険者で、彼自身も冒険者をやっていましたが、姉――こちらは普通の商店で働いております。姉の薦めで応募してきたようです」
タダムネの詳細な説明を聞きながら、アナスターシャは少年のような筆跡で書かれた応募動機を指でなぞっていく。
ダイナは、収入が不安定で命の危険も付き纏う冒険者という職を辞め、安定した仕事に就いて家族を安心しさせたいらしい。
「良い子じゃない」
腕白だけど家族思い。年上女性に好かれそう……って、どんな目で見てるの私っ。
そんな思いを振り払うように、ぶんぶん、頭を振っていると、「大丈夫ですか?」と割と心配そうな声でタダムネに訊かれた。アナスターシャは乱れた髪を指で梳かしつつ苦笑を返す。
いけないいけない。真面目に検討しなくちゃ。
一枚捲れば、今度は砂漠色の髪をした青年の写真が現れた。ダイナとは違い、女性のように顎の先まで髪を伸ばしている。
名前はジュリアス。研究者であるが、祈りの導きのみに所蔵されている貴重な書物を拝読し、魔法について研究したいという理由で応募してきていた。
インテリキャラって事ね。でも、だとしたら必須アイテムといっていい眼鏡が無いのが残念ね……ん?
文字を辿っていた指が止まる。そこには『眼鏡を使用する場合有り』と書かれていた。それを目にした途端、アナスターシャの瞳に輝きが増す。
裸眼と眼鏡、両方楽しめるって事じゃない! 一人で二度美味しいわ!!
「アナスターシャ様。口元が緩んでいらっしゃるようですが」
「んんっ! ……さて、次の応募者は……」
咳払い一つ、アナスターシャは表情を引き締め次へと捲った。
次の人物はアサトという農村出身の青年。健康的な小麦色の肌に、緩くウエーブがかかった焦げ茶色の髪。頬はふっくらとしており、人懐っこい笑顔を浮かべている。
趣味の欄には『アウトドア、料理』とあった。貴族のように使用人を雇うほど裕福ではなく、野山に囲まれた農村では当たり前の趣味ともいえるが、アナスターシャの瞳はまたしても宝石のように輝き始める。
「旦那……リアコ枠……」
グループに絶対一人はいる、イケメンとはいかないまでも人柄の良さとか家庭的なとこから、『結婚するならこのメンバー』って言われるタイプね。ファンはイケメンと比べると少ないけど、固定っていうか昔からずっと応援し続けてくれる人が多いのが特徴。
「ダンジョン探索キャンペーンとかに活躍しそうね。いや、料理教室を開いても良いかも」
「なるほど。もう採用後の仕事まで考えていらっしゃるのですね。流石アナスターシャ様」
「ほう」と感嘆の息を吐くタダムネであるが、自らの妄想に興奮しているアナスターシャの耳には届いていない。彼女は少々鼻息荒めに紙を捲る。
次に現れたのは、日に当たると透けるような銀髪から尖った耳の先を覗かせた青年であった。彼の名前はトゥオモ。少し不思議さを感じさせる容貌と名前は、彼の一族の血によるものらしい。なんでも、遠い先祖にエルフとドワーフの血を持ち、時折彼のように耳が尖った者が産まれてくるようだ。
実家は裁縫店を営み、彼はその手伝いをしてる。ここ――祈りの導きでも職員やアナスターシャの服や装飾品を作りたいと書かれていた。
うわ! 睫毛バシバシ! 付け睫毛……はこの世界無いから自前よね。中性的っていうかお人形さんみたい。黙っててもビジュアルだけで売れそうだわ。でもそこに味付けをしたら、もっと人気出そう。
「趣味が意外とか……。あー、でもここにはアニメもマンガも無いから、アニオタ属性は付けられないわね……。いや、こっちが勝手に味付けしたら駄目よね。素のままを愛し愛されるのがオタクとアイドルの関係……」
口にすれば、前世で推していたアイドルグループの事が思い出された。最初は地下のライブハウスから始まり、次にホールからアリーナ。そしてデビュー十周年を迎える前に、初のドームツアーを行って……。
「ドームのステージに立つ推し、見たかったなあ……」
知らず知らず、アナスターシャは抜けるように青い空を見上げ呟いていた。僅かに景色が歪んで見えるのは、涙が滲んでいるせいなのかもしれない。
「アナスターシャ様」
有能執事は、すっ、と静かに白いハンカチを差し出してきた。アナスターシャは手でそれを拒否すると、鼻を一啜り紙に向き直る。
次のページには凛々しい顔をした青年が写っていた。王宮近衛騎士の家系であるサクヤ家の長男、リューガ・サクヤ。名前と薄闇色の髪から、タダムネとダイナと同じ国出身であると分かる。
「彼は面白い方ですよね。黙っていても王宮近衛騎士になれるのに、祈りの導きでの勤務を希望するとは」
「まあ、近衛騎士といっても、ダンジョンから稀に迷い込んでくるモンスターを相手にするぐらいですもの。しかも子供でも退治出来るモンスター。ここでは……更に仕事が無いわ」
アナスターシャの光魔法の効果か、祈りの導きにはモンスターが寄ってこない。王宮にも光魔法を施せばいいのだが、加護系の魔法には効果持続期間があるのだ。
祈りの導きから王宮までは、一応身の安全の為に輿に乗って移動するのだが、民衆が集まってきて進むのも困難。道の脇で祈ってくる者や握手を求めてくる者を無下にする事は出来ず、王宮への到着がますます遅れるのである。なのでアナスターシャの腰は重かった。
「ならばこちらのリューガに身辺警護をしていただいて王宮へ出向くというのはいかがでしょう」
「駄目よ! こんな美形に警護してもらうなんて! 寧ろ私が彼らを警護したいぐらいですもの!!」
「アナスターシャ様……自分より他人を思いやるそのお心遣い、流石光の聖女です。タダムネ、感服いたしました」
片手を胸に当て、深々と腰を折る。微妙に話が食い違っているのだが、どちらもそれに気付くことなく進んでいく。
アナスターシャは、「ファンは、握手会とか接触イベント以外では勝手にアイドルに触ったら駄目なんだから」と一人憤りながら紙を捲る。次に出てきたのは、素朴な顔だった。
ベリーショートの髪は濃紫色で奥二重。先程のリューガと比べると――比べてはいけないのだが――華は無い。
「タカドーロ。漁村出身。漁師らしからぬ身軽さで親友が推薦……か。趣味は『釣り』。でしょうね、漁師なんだもの」
今までの人たちと比べると、特にこれといった要素は無い。しかし外すには惜しい何かがあった。
何だろう……。何か化けそうな気がするのよね。実際に会ってみたら何か分かるかもしれないわ。
顎に指を添え唸っていたアナスターシャは、一つ息を吐くと最後のページへと指を進めた。
「え? 可愛い……」
写真を見た感想である。視線の先には、きゃるん、とした垂れ目の乙女がいた。
いや、性別の欄に『男』とあるから男性なのだろうが、白い肌に淡い桃色の頬。胡桃色の髪が、さらり、と靡いているさまは女性のよう。
そんな彼の名前は『ノウェム』。旅芸人の両親がジャスターシュ王国に腰を落ち着けて産まれた彼は、平民街にある劇場で裏方兼踊り子をやっているらしい。
「女装しても人気出るんじゃ?」
「確かに彼は劇場で女装する事もあるそうです。老若男女から好まれているようですね」
ぶつぶつ呟くアナスターシャの頭の中で、ぱちぱち、パズルのピースのようなものがはまっていく。
個性的な七人。七人グループって丁度良いんじゃない? ていうか、私ごときが合否なんて決められない! それでも決めろ、選べというなら、実際に会って人柄を見てからだわ。
「タダムネ。彼らを集めてちょうだい。私が面接します!!」
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