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祈りの導き大広間。純白に黄金の装飾が施された室内、そこに拵えられた、これまた荘厳で清廉な祭壇に立つアナスターシャは、春の日差しのような柔らかい微笑を浮かべていた。
そんな彼女の前に綺麗に横一列で並んでいるのは七人の男性。彼らより二段上に立っているとはいえ、個性的な容貌の男性七名に真剣な眼差しを向けられるとどうしたって緊張してしまうものである。
「ようこそ、祈りの導きへ」
落ち着いた声でそう告げるアナスターシャであるが、実のところ口から心臓が飛び出てきそうなほどであった。
イ、イケメンたちに見られてる~~~~!!
しかし光の聖女という立場柄、騒ぐことも逃げる事も出来ず全力で聖女を務めている。
「アナスターシャ様。どうぞ次の御指示を」
七人の男性の後ろから進み出てきたタダムネが、くい、と眼鏡を押し上げ言ってきた。催促するようにレンズが光る。
「で、ではお一人ずつ自己紹介をお願いします。あと簡単な自己アピールも」
数秒間お互いを探り合う空気が流れたが、一人の男性が、すっ、と手を挙げ一歩進み出た。
「私の名前はジュリアスと申します。祈りの導きに採用されたあかつきには、魔法の研究に力を注ぎ、祈りの導き、ならびにジャスターシュ王国の更なる発展に尽力したいと思っております。また、持ち前の知力を持ってダンジョンにおける……」
「長い長いっ」
朗らかに笑いながらジュエリアスを手で制し前に出てきたのはダイナ。彼は、ジロリ、と横目で睨みつけてくるジュリアスを意に介す事無く、にかっ、と太陽のような笑顔を弾けさせる。
「こんちゃーすっ! ダイナ・カナタです! 冒険者やってたんで、多少のアクシデントには対応できます! 頭使うこと以外だったら何でも頑張ります!」
最後に、ぺこっ、と勢い良く頭を下げ、ダイナは元の位置へと戻った。ジュリアスは何も言わず、ただ溜息一つ。
「リューガ・サクヤ。王宮近衛騎士を希望してます」
低いながらも、どこかぽやぽやした感じを与える声が聞こえてきた。
うわっ! 鼓膜を擽ってくる低音ボイスっ! イヤフォンで聴いたらヤバいわね! 囁きCDとか出して欲しいわ……ん? 今、リューガは何て言ってた?
キャーキャー騒ぐ内なる自分を抑え、アナスターシャは小首を傾げる。見れば、リューガ以外の者もみな、不思議そうな表情で彼を見ていた。タダムネも動揺しているのだろう、しきりに眼鏡を上げ下げしている。
「えーっと……リューガさん? もう一度おっしゃっていただけるかしら」
「はい。リューガ・サクヤ。王宮近衛騎士を希望してます」
聞き間違い……ではないわね。
一応掌で耳を捏ねてみるも、こちらの耳の異常ではないようだ。
「えっと……ここは祈りの導きです。それはOK?」
「え? ええ……んぁ?」
柳眉が美しくしなる。リューガは小さく首を傾けると、「何で?」と訊いてきた。
いや、その言葉をそのままお返しするわ。
僅かに苦笑を滲ませるアナスターシャを見かねてか、タダムネが咳払い一つ口を開く。
「まず始めに。リューガ様は王宮近衛騎士の家系であるサクヤ家の長男でございます。ですので黙っていても王宮近衛騎士にはなれます。次に、王宮近衛騎士を希望するのならば、王宮に応募をするのでは?」
タダムネはアナスターシャと他六名が思っていた事を代言してくれた。皆の視線を受けたリューガは、静かに思案するように目を閉じる。
開口一番何を言うか。緊張感が漂うなか、誰かの喉が、ごくり、と鳴った。
リューガはゆっくり目を開けると表情を引き締める。
「俺は……」
無意識にアナスターシャは祈るように指を組んでいた。
嫌だ。彼には残って欲しい。イケメンでちょっとア……天然なんて、最高じゃない! 是非とも私の野望の為にっ!
「祈りの導きで働きますっ!」
ふんす、と力強く息を吐き、リューガは拳を握って宣言した。それだけのことのだが、表情と気迫に当てられてか何故か拍手が起こる。その中でも、アナスターシャは誰よりも強く手を打っていた。
「……です」
不意に、ぼそっ、と小さな声が聞こえた。
「え?」
しかし聞こえたのはアナスターシャだけのようで、他の者は未だにリューガの決意に拍手を送って……いや、一人手を止め、先程のアナスターシャのように指を組んでいる者がいる。
180センチ後半はあろうかという高身長をコンパクトにまとめようとするかのように背を丸めているのはノウェム。アナスターシャと視線が合うと、慌てて俯いた。
一体何を言っていたのだろう。気になるアナスターシャは手を挙げ他の者を鎮めると、「ノウェムさん」と優しく声を掛けた。しかしノウェムは捕食者に見つかった小動物のように、びくり、と大きく丸めた背を跳ねさせる。それでも沈黙のノウェムに、アナスターシャは
「もう一度お願いしてもいいですか?」
改めて静かに柔らかく問う。しかしノウェムは怯えたように体を震わせているだけで、顔すら上げてくれない。
子犬っ。体は一番大きいけど子犬の様相っ! キャーッ! 可愛いっ!
心の中ははしゃいでいるが、表面はあくまでもお淑やかに。微笑を浮かべ、再び「ノウェムさん」と優しく呼びかける。
だがノウェムは震えるばかり……と、そんな背を、ぽん、と叩く者がいた。
タカドーロである。彼は恐る恐る顔を上げたノウェムに笑いかけると、そのままアナスターシャに向き直ってきた。
「ごめんな~。ノウェム、舞台以外だとめっちゃ人見知りで」
タカドーロは片手でノウェムの肩を叩きつつ、もう片方の手で自らの後頭部を掻き苦笑する。それに合わせ、ノウェムも――アナスターシャとは目を合わせないままだが――こくこくと頷いた。
「お二人は知り合いなのですか?」
とくとく、アナスターシャは甘くときめき始めた鼓動を抑え、穏やかに訊く。気を抜けば、にへら、と口元が緩みそうであった。
何!? もしかして幼馴染とか!? それだと美味しい。美味しいわ!!
「はい。俺がこいつの舞台を観に行ってたらいつの間にか。あ、俺、タカドーロって言います。漁師やってるんですけど、何でか今ここにいます」
そうしてタカドーロは、身に着けている麻のシャツのポケットから何かを取り出しノウェムに渡す。それは、キラリ、と小さく光る桃色水晶で作られた花の形をしたピアスであった。受け取ったノウェムはそれを左耳に着け……
「こんちはっす! 俺、ノウェムって言います! 役者やってるけど一皮剥けたくて応募しました! よろしくお願いするっす!」
「変わり過ぎでしょ」
秒でツッコんでしまった。アナスターシャは慌てて咳払いして気持ちを切り替えると、口角を引き攣らせつつも微笑む。視線の先には、前世ではパリピや陽キャと呼ばれていた若者たちがSNSでよくしていた、目の高さでピースを横に倒した様なポーズをとりウインクしてくるノウェムが。タカドーロと肩を組み、「ちゃーっす」などと言っている。それに合わせてタカドーロもポーズをとっているのが何というか……
「ニコイチ。ふたりはプリ○ュア……」
「何? そのかぁいらしー名前。新しい動物か何か?」
きょとんとした声はアサトが発した。そうして自らの腹を擦りつつ、「そろそろおやつの時間やから、ちょっと台所借りてええ?」と、農村出身者特有の訛りがうかがえる言葉で告げてくる。
「え、ええ、いいですよ。だけどあとアサトさんともうお一方で終わりますので、もう少しお待ち下さい」
「じゃあじゃあ、もうさっさと終わらせましょうや。俺の名前はアサト。ここで色んな料理を学んだり、新しい野菜の開発とか出来たらええなあー。ってことで、宜しくお願いしまっせ、光の聖女様っ」
ペラペラよく回る舌で早口でそう言うと、ぺこ、と軽く頭を下げ一歩後退し、もう話す事は何も無いと言わんばかりに腕を組む。
「では最後の一人……」
「トゥオモ。エルフとドワーフの血を継ぐ(という設定)の者」
ん? 今何か話の途中にボソッと聞こえてきたような。
アナスターシャが緩く眉を寄せる前、トゥオモは平然としている。
「身長が低いのは――といっても170センチはあるのだが――ドワーフの血が発露しているせい(ということにしておこう)だ。耳は見た通りエルフ(に似ている)からだ」
んん? もしかしてこの方は……厨二病!? やだ、アニオタより面白いじゃない!!
興奮により膝から崩れ落ちそうになる体をなんとか持ちこたえさせ、アナスターシャは一度目を閉じた。瞼の裏には、様々な色の光に照らされた七人の姿。装飾煌びやかな衣装を身に纏っており、女性特有の黄色い悲鳴の幻聴まで聞こえてきそう。
「……分かりました」
ゆっくり目を開き、アナスターシャは告げる。
「全員、祈りの導きの主である私、アナスターシャがその身を預かりましょう。これから約半年、七人での共同生活を送っていただき、先ずは平民街のステージに立ちます」
「アナスターシャ様、ではこの者たちは……」
「ええ。ジャスターシュ王国初のアイドルグループを作ります!」
穏やかな表情から一転、アナスターシャは力強く拳を握ると、瞳を爛々と輝かせた。
「アイドル? よく分かりませんが、アナスターシャ様が仰るならこのタダムネ、全力で付き合わせていただきます。では早速共同生活の場となる物件を手配してまいります」
「任せたわ、タダムネ。では取り敢えず解散っ。貴方たちは貴賓室でお待ち下さい」
誰一人異を唱える事無く、七人とタダムネは大広間を出て行った。その八人分の背中が見えなくなると同時、アナスターシャは祭壇に縋るように頽れる。
やば。やばい。やば過ぎっ。個性的な七人が集まっちゃった!! 今この時期に。
これはもう天啓じゃない!? 推しがいなければ作りなさいっていう。
アナスターシャは涙に濡れる顔を上げると、差し込む陽光に祈った。
光の聖女アナスターシャ、この世界でも推し活します!
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