お花見と言えば(1)

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

お花見と言えば(1)

 お花見と言えば桜。なのだろう。  でも、妙子が住んでいた田舎では、お花見と言えばツツジだった。  東京などよりもひと月は開花が遅い桜の頃にはお田植が忙しいし、都会の様に特に整備されているでもない小さな田舎の町中には桜の木は一本も生えていない。  桜が植えられているのは、小学校、中学校、高校、神社などの決まった場所だった。  それ故、桜の下で敷物を敷いてのお花見など、したことがなかったし、他の誰かがしているのを見たこともなかった。  妙子の家は衣料品を扱うお店だった。農家の人が使う実用衣料も扱っている。  なので、農家ではなかったが、農繁期には、手っ甲や野良帽子、ヤッケなどが田んぼに行く前から、お昼休み、田んぼが終って帰りに寄る人まで良く売れるので、お店は大忙しだった。  農作業もようやく一段落したころ、町内の、国民宿舎のある場所の小さな丘では、毎年ツツジが沢山花を咲かせる。  その丘全体が様々な色のツツジの、こんもりとした花に包まれて、とても美しい。  赤、ピンク、白、ダイダイ、色々な色のツツジたちが満開に花を咲かせている。  近所の温泉旅館で、毎年つつじ祭りをしていて、この時期は、この丘の提灯の下でツツジの間にセットされた敷物と机で、夜にジンギスカンを食べながらツツジをみるのがお花見だと思っていた。  今の様にライトアップなどというものはなく、お祭と言えば提灯を高い木に張り巡らせ、灯りをともしていた。  丘なので、木の根が地面に出ていたりして、夜は足元が悪いのだが、昼間は店を休めないので、年に一度、店員さん達の慰労もかねて、つつじ祭りの夜に一晩だけ一角を貸し切りでツツジを見に行く。  妙子は昼間のツツジも好きだったが、蜂がたくさん来るので夜のお花見が好きだった。  北海道でもないし、羊を飼っているところなどないのに、何故かこの長野県の佐久地域ではジンギスカンがよく食べられていた。  馬刺しや牛肉よりも安価で売られていたのだと思う。  味のつけられたジンギスカンが売っていて、それを買ってきて山型になったジンギスカン鍋で焼いて食べる。  5月の終わりごろでもまだ夜は肌寒い。    ツツジの甘い香りに包まれて幸せな一夜を毎年楽しみにしていた。  これが、妙子の小さい頃のお花見だった。    
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!