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ベッドで煙草を吸うなと何度も注意したが、結局直らなかった。今日も守(まもる)はヘッドボードに背を預けると、いつものライターでいつもの煙草に火をつけた。
何がそんなに美味いのか本当によくわからない。
「お前俺に断りもなく煙草吸うの止めろよ」
「いいじゃん。俺ん家なんだし」
「ホントよくそれで教師なんか務まるよな」
「外面が良いからね、俺」
「自分で言うな」
守は、ハイハイと隣に寝転がる幸聖(こうせい)の頭を撫でた。幸聖は、こども扱いするなとその手を跳ね除ける。
まだ余韻のせいで撫でられるだけで疼いてしまうのだ。
「ガキの頃から思ってたけど、点Pってなんで動いちゃうんだろうな」
「は?」
守がこうして突拍子もない話をし出す時、あまり良くない傾向にある。
まさか、バレたのか?
灰皿に軽く煙草の灰を落とすと、守は無表情でまた続けた。
「長方形ABCDの整った秩序の中で、突然現れた異端児点P」
「異端児ってなんだよ」
「奴はAからBを通り、Cまでも通過してDまで行こうとする」
「あ〜、そんな問題あったなぁ。算数? あ、数学か」
「点Pが毎秒動くことで心を乱される解答者の身にもなって欲しいな。まあ、あいつも事情があるんだろうけど」
「点Pってお前の身内なの? なんなの」
「点Pにも家族がいるだろ」
「いねぇよ。点Pだぞ」
「故郷に置いてくる点Mのことは考えなかったのかね」
「故郷ってAのこと? なんかまた別の点出てきやがったな」
散々注意しておきながらも、幸聖は守が煙草を吸う姿を気に入っていた。昔は飴の味しかしなかったキスが、今では苦い煙草の味しかしない。
どちらにせよ、それらの味も、もうすぐ味わえなくなる。
「点Mが点Pを引き留めても、奴は動き出しちゃうんだろうな。奴なりの信念を持ってさ。だから、点Mも動き出すんだ。厄介なことに、点Pを忘れられなくて追っちまうんだよな」
「守……」
「で? お前結婚するんだって?」
ああ、やっぱり隠しきれなかったのか。怖くて言い出せなかった。世界で一番愛してる男を捨てて、親の望む通りの相手と結婚する。
守の瞳には昏い炎が揺らめいていた。
この淡白な男が自分にだけ向ける執着が心地良い。
「ああ。俺にはどうすることも出来なかった」
「お前、今更女の相手とか無理があるんじゃない? 俺のせいで身体作り変わっちゃったもんね?」
「そうだな。俺も守じゃないと満足できないだろうさ」
守は灰皿に雑に煙草をねじ込むと、覆い被さってきた。何度も何度もこの光景を見てきた。
「わかってんなら、俺のものになれよ」
「今までありがとう、守」
「許さねぇ」
「俺にはお前だけだよ、守。心から、愛してる」
幸聖は守の首に腕を回すと抱き寄せた。これが最後と言わんばかりの抱擁に、守は「ふざけるな」と呟く。
「なあ、幸聖。お前がいなくなったら俺はどうやって生きて良いのかわかんねぇよ」
守は上半身を起こすと、煙草をむんずと掴んだ。一本口に咥え、火をつける。
今まで見たこともないような表情。自分の命よりも大切な人が奪われる恐怖、絶望。裏切りへの悲しみ。
「幸聖……いっそ二人で消えてしまおうか」
ぽとり。
火がついたままの煙草がベッドに落とされた。
幸聖は恍惚とした表情で守の手を握る。
ああ、その言葉が聞きたかった。
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