後編

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 姉が大学一年生でぼくは高校二年生だった。隣町に桜の名所といわれている公園があった。桜を見てみたいと言う姉とふたりで足を運んだ。  時刻は確か昼の三時頃だった。花見を終えたぼくたちは、公園の最寄駅に向かって古い住宅街を歩いていた。すると、姉がふと足を止めて「あ、蝶……」と呟いた。同時に白い蝶がぼくたちの目の前を、ひらひらと優雅に横切っていく。  白い蝶は桜の花びらのように舞いながら、近くの駄菓子屋のほうに向かった。駄菓子屋は店内がやけに暗く、引き戸が十センチほど開いている。蝶はその隙間に入っていき、見えなくなってしまった。 「狐の卵があるって。あの蝶がそう言ってる」 「狐の卵? 蝶が言ってるってどういうこと?」  ぼくの問いにまったく反応せず、姉は駄菓子屋に入っていった。仕方がないので、ぼくは彼女のあとを追う。  薄暗い店内には陳列棚がたくさんあり、色とりどりの駄菓子が並んでいた。店主の姿はない。姉は店の中をきょろきょろと見まわしている。さっき言っていた狐の卵をさがしているのだろう。  ぼくも手持ち無沙汰で店の中を見まわした。すると、チョコレートが並ぶ陳列棚のところに、なぜか金色のビー玉がひとつ転がっている。なんとなくそれを摘みあげてみると、姉が「あ」と声をあげて駆け寄ってきた。 「見つけたね、狐の卵」 「え、これ、ビー玉でしょう?」 「違うよ。狐の卵」 「というか、狐の卵ってなに? 狐は卵なんて産まないし」 「ううん、ときどきだけど産むよ。貴重な卵だから早く食べて」 「食べる?」  そう言った声が思わず大きくなった。 「そうだよ。狐の卵だもの。そりゃあ食べないと」  ビー玉じみた狐の卵を見やる。なんとなく気持ち悪い。 「いらない。姉ちゃんが食べなよ」  狐の卵の卵を差しだすと、姉は首を横に振った。 「狐の卵は見つけた人が食べないといけないの。それを破ると神罰がくだるよ」 「神罰って?」 「片腕を失ったり、視力を失ったり」 「えー……」 「狐の卵の神罰は怖いよ」  得体の知れないものを食べたくはなかった。だが、神罰がくだると言われると選択肢はない。ビー玉のような狐の卵を、おそるおそる口の中に入れた。
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