たった二人の家族だった

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「……買わなかったの?」 そう言われてギグリとする。 「逆に何で買ったの?」 「だって気になるでしょ」 彼が雑誌を手にしてパラパラとページを捲る。 あの記事に触れるのか、とバクバク心臓が鳴るけれど。 「『長唄三味線臼住会、ついに御家騒動と名跡争いに終止符が……』」 「それじゃない」 強めの口調で言うと、彼は呆れたようにため息をついた。 「何か熱愛報道って記事あるけど、よくもまぁ取材もせずに適当なこと書いてくれるよなぁー。週末実家帰るためだけに仕事頑張ってるんだから」 そう言いながら雑誌を放り投げる。 きっとそれは、もう『違うから検索するな』の意味なのだろう。 そして私は立ち上がって台所に行くと、彼も冷蔵庫の前に立ち扉を開いた。 「しおねぇ、今日は何?」 「鍋だよ。白菜全部使うわ」 「肉はこれ?うまそー楽しみ」 ウキウキ気分で白菜と肉を出す彼に向かい『いやぁ、先週の焼き肉の方が何倍も旨くない?』と心の中で突っ込んだ。 土鍋を出してセットする私の隣で、彼は冷蔵庫から出した白菜をシンクで洗っている。 並んで台所に立つのは、いつもの光景だ。 「そうだごめん、明日の昼前には出ないといけないんだった」 「えーだったら帰ってこなくて良かったのに」 たまに出るこの台詞。 そして彼は、いつもお決まりの言葉で返す。 「たった二人の家族じゃん」 そして私は、心の中でこう呟く。 『義理だけどな』 そう、隣に居る彼が私の唯一の家族で──私とは血の繋がりの無い、弟なのだ。 彼は(やなぎ) 侑軌(ゆうき)。私、(やなぎ) 紫緒音(しおね)が小三の頃にできた弟だ。 両親はもう居ない。 だから私達は、この世でたった二人だけの家族なのだ
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