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第1章 消えていく日常
今日は、3月上旬。春らしいあたたかな晴天の日。
夕乃と鈴乃が通う高校では、卒業式が行われることになっている。
夕乃は、いつもの様に、鈴乃の家まで迎えに来ていた。それは、鈴乃と長く一緒にいたいということももちろんあるが、鈴乃は毎日通うのに通学路を覚えることが出来なかったからである。そして、呼び鈴を鳴らして鈴乃が扉を開けると夕乃は声をかける。
「れいちゃん。おはよう。」
「ゆうちゃん。お待たせ。」
二人は、いつもよりもきれい念入りに準備されていた。普段通学するときは、日焼け止めくらいしか塗らない二人だが、今日は晴れの日と言うこともあり薄く化粧をしていた。
「ゆうちゃん、初めて見た口紅つけてるとこ。かわいい。」
「そんなこといったら、れいちゃんもでしょ。」
「そうだね。」
それから、二人はしばらく顔を見合わせて笑っていた。二人は、こんな時間がいつまでも続いてほしいと思っていた。
「ゆうちゃん、今日口紅つけてるんだね。かわいい。」
「れいちゃんも、可愛いよ。」
と夕乃は寂しそうにつぶやいた。
鈴乃は、さっき二人で会話したことも忘れてしまっていた。鈴乃は、ある日を境に新たに記憶することが出来なくなってしまっていた。会話をしている間は、忘れなくても終わった途端に忘れてしまう。鈴乃は、対処法を見つけているから、そのことを夕乃以外に伝えたことはなかった。そして鈴乃が記憶できなくなったことに気づいている人もいなかった。けれど、あの日に取り残されたままの鈴乃には、夕乃の気持ちを理解することは、とても難しいことだった。夕乃はそれをわかっているでも、それでも鈴乃のことが好きだからそのままを受け入れている。
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