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春休みが終わって学校へ行くと、変わるものがいくつかある。
新しいクラス、新しい担任、新しい教科書、当たり前と言えばそれまでだ。
小学校5年から6年になった僕は、そんな変化を当たり前のように受けとめるはずだった。
「クラスが変わったからなんだ」
「担任が変わったからなんだ」
「教科書だって新しくなって当然だ」
自分にそう言い聞かせて、すべてのことが当たり前と受けとめたい。
だけど、それが出来なかった。
あの子がいなくなってからは……。
5年生の時、同じクラスに小川景子という女の子がいた。
自分から積極的に話しをするタイプじゃなかったが、誰かが話しかけると、笑顔で答えてくれる。
気がつくと、誰かが彼女のそばにいた。
『透明感』『壁を作らない』
そんな言葉が当てはまる人だった。
恥ずかしながら、僕は彼女に惚れていた。
僕は彼女に惚れてるから、何かしら話しかけるけど、どうしても上手く話せなかった。
「なんでずっと席に座ってるんだよ、お前病気か、もっと身体を動かせよ」
僕はつい彼女にちょっかいをかけてしまう。
「山本くんそこまで言わなくてもいいじゃない」
「そうだよ裕太、言いすぎだろ」
「何でだよ、身体を動かしたほうが健康的だろ」
気がつくと、誰かと口げんかをしている。
そんな自分が嫌になったりもした。
それでも小川景子は「山本くん、私のことを心配してくれてありがとう」と言ってくれる。
『なんて健気なんだ』
そう思った僕は、ますます彼女に惚れていた。
ある日の朝だった。
「小川、前に来なさい」
ホームルームで、先生が小川景子に声をかけた。
小川景子が教壇の前に立つ。
「小川は父親の転勤で、来月この学校を離れることになった。みんなと一緒に過ごす日も残りわすかだ。それまでに思い出作りをしてもらえたらと思う」
先生の言葉に驚く者、悲しむ者、様々だった。
中には「景子ちゃんのお父さんだけが行けばいいのに」と彼女のお父さんに愚痴をこぼす者もいた。
彼女がみんなに愛されてるのが良く分かったが、僕は彼女に嫌われている。
だって僕は彼女にちょっかいばかりかけていたから……。
もうすぐ春休みがやってくる。
『後悔先に立たず』
この言葉が僕の頭から離れなかった。
今日で三学期が終わる。
同時に、このクラスがなくなってしまう。
切なくなった。
僕は彼女に声をかけれなかった。
他の人たちと話しをしているのもあるが、もし彼女に話しかけて、緊張のあまり何か意地悪なことを言ってしまったらと思うと怖くてたまらなかった。
『なぜ好きですと言えない』
たった4文字の言葉の壁が、僕の心を萎縮させる。
「諦めよう」
そう想うと気持ちが楽になった。
先生の話が終わり、下校時間となった。
僕はロッカーや机の中にある筆記用具や教科書などをランドセルに詰め込んで、そそくさと教室を出た。
余計なことは考えなかった。
『考えると切なくなる』
そう自分に言い聞かせて、校門に向かって歩く。
その時だった。
「山本くん」
小川景子の声だ。
僕はその声を背中で聞く。
足が動かなかった。
いや、動けなかった。
そうこうしているうちに、小川景子に追いつかれる。
彼女は僕の目の前に立ち、突然の出来事に戸惑う僕のそばでこう言った。
「山本くん、今まで私のこと心配してくれてありがとう」
何を言ってるのか理解できなかった。
「どういうこと」
戸惑う僕が出せた精一杯の言葉だった。
震えが止まらない。
「身体を動かさない私のことを心配してくれたんでしょう」
「なんでそんな考え方が出来るの」
「なんとなくそう思ったの、山本くん運動得意そうだし、いつも元気だから」
そう言って笑顔を見せる彼女に、僕は何も言えなかった。
どうしてそう思えるのか、どうしてそう考えるのか、理解できなかった。
「どうして山本くんが先に泣くの、私はまだ泣いていないのに」
彼女に言われて気がついた。
僕は泣いている。
恥ずかしくて涙を止めたかったが、止まらなかった。
「ごめんな、今までごめんな」
ここでも本当のことが言えない僕がいる。
辛かった。
切なかった。
だけど、これ以上何も言うことが出来なかった。
あれから数日が経った。
僕は外へ出る気になれず、ずっと自分の部屋にこもっていた。
あの時、僕は小川景子の前でずっと泣いていた。
同じクラスの友人や先生がなだめてくれても泣き続けていた。
しまいには、母親が学校に来ることになり、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「腹減ったな」
僕は台所へ行き、食べるものがないか探した。
「ちょっとは落ち着いたかい、これ小川さんって子からこれ預かってるよ」
僕の背後から母親が声をかける。
驚いて何も言えない僕に、母親がのりしろされた封筒を渡してくれた。
僕は無言のままそれを受け取る。
食パン1枚を持って部屋へと戻り、封を開けて、中に入っている手紙に目を通す。
「今までありがとう、山本くんからはいつも元気をもらってました。これからも元気な山本くんでいて下さい」
彼女はこの町から去ってしまった。
嫌われたわけじゃないのに、ショックが絶えない。
振られたわけじゃないのに、胸にぽっかりと穴があいた感覚だった。
悲しいけど、これが現実である。
僕はもう一度、彼女からのもらった手紙に目を通す。
「小川、あなたが大好きです」
僕はそう言い続けた。
悲しいけど、それは確かなことだった。
あの子がいなくなった今、つい後ろを振り返ってしまう。
思い出は、振り返ることが出来ても、後戻りすることは出来ない。
今は現実を受けとめられなくても、前に進めば必ず良いことがある。
過去の反省を生かし、僕は前に進む。
「あなたが大好きでした」
そんな強がりを言いながら……。
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