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 嬉しくなった唯香は祥太郎の肩を抱きしめた。 「仕方ないから許してあげる」 「俺の彼女は、五年の間に大人のいい女になってたんだな……それに気付かなかった俺ってとことんダメな奴だ」 「そうかしら。そんなダメな奴が好きな私も、相当な変わり者かもしれないわよ」  鼻を掠める祥太郎の匂いに、長い間固まったままだった心と体の緊張が解けていくような感覚に陥る。  なんて安心出来るんだろうーー。 「祥太郎さんの匂い……」 「唯香の匂いだ……」  二人は同時に同じ言葉を発した。驚いたようにお互いの顔を見合い、笑顔になる。 「今日はロールキャベツとポテトサラダにするつもりだけど、食べて行く?」 「い……いいのか? 野菜なんて半年ぶりに食べるかもしれない」 「本当に不摂生してたのね。でもお酒は出さないから、麦茶で我慢よ」 「いいよ。唯香と一緒に食べられるなら、お酒はいらない」  心の隙間を埋めるために唯香はグリーンを買い漁り、祥太郎は酒に頼った。今はどちらも必要ない。  唯香は立ち上がり、祥太郎の手を引いた。半年ぶりの彼の手は汗で濡れていた。いつもドライな彼が、相当勇気を振り絞ったのだとわかる。 「さぁ帰りましょう」  しかし急に手を引かれ、唯香の体は彼の腕の中に落ちた。それから祥太郎は唯香の耳元でそっと囁く。 「一緒に暮らさないか……?」  見上げてみれば彼の顔は真っ赤で、こんなにも余裕のない姿は初めて見る。  元の鞘に落ち着いたところで言うには早い気がしたが、彼なりに頑張ったことが伝わってくる。 「……全部捨てたのよ、私。家具も食器も」 「知ってる。家に帰ったら唯香の痕跡が何もなかった」  祥太郎はあの日を思い出すように苦笑した。 「新しく買い直さなきゃいけないものがたくさんあるから……だから部屋を先に決めた方がいいかもしれない……言ってる意味わかる?」  彼に対して甘いのかしらーーそうではなくて、自分自身も同じ気持ちなのだと思う。なんだかんだ言いながら、彼が来てくれる日をずっと待っていたんだから。  あの日彼の全てを消したことに後悔はない。でなければ互いの大切さに気付けなかった。  祥太郎が微笑み、涙が出るのを堪えるかのように唇を噛む仕草を、どうしてか愛おしく感じてしまう。 「ねぇ……あなたは私にそばにいて欲しいって思う? わたしがいなきゃ生きていけないって思う?」  それはあの日の最後に唯香が言った言葉だった。 「当たり前だろ。唯香はもう俺の一部になってるんだ」  祥太郎は即答すると、唯香の手を引いて歩き出す。 「また前みたいにここで待ち合わせしよう」  悲しく辛かった記憶も、二人には必要だった。それは二人が変わるためのきっかけになり、ちゃんと愛し合っていたのだと確認することが出来た。  黄昏時、今度こそ心が通い合った帰り道。二人の道が同じ場所に繋がっていることを願い、未来への一歩を踏み出した。
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