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 今日の診察は午前だけだったので、仕事を終えてランチでもして帰ろうとした時だった。スマホが鳴り慌てて電話に出る。 「もしもし」 『あっ、唯香?』  声の主は志帆だった。学校はまだ授業中のはず。 「どうしたの?」 『うーん、実はさっきね、滝川先生が倒れて病院に運ばれたの』 「えっ……」 『先生の実家は遠いし、近くに親族もいないっていうから……『たぶん入院になるから、家から着替えとかだけ持って来てくれる人がいればいいんだけど』って校長が言ってて。まだ引っ越してないからあの家に住んでるみたいだし、無理かな?』  唯香は体の力が抜けていくのを感じた。心臓は激しく打ちつける。意を決して出たあの家に、私はまた足を踏み入れるの? 彼の匂いが染み付いたあの部屋へーー。 『唯香?』  はっと我に返ると、躊躇(ためら)いはあったが、やるしかないとも思えた。 「わかった。行ってくる」 『ありがとう! 助かるよー』  電話を切り、家とは反対方向へ歩き出す。唯香の家がある北口ではなく、南口から更に十五分ほど歩いたところにあるマンションの七階。扉の鍵は番号を打ち込むタイプのものだった。  何度も通ったこの道。もう来ることはないと思っていたのに……。  数字のボタンは、唯香の誕生日にセットしてあった。もし変わっていたら入ることは出来ない。しかしドアの鍵はいとも簡単に開いてしまった。  どうして変えてないのよーー複雑な感情が心の中に入り乱れる。  そっとドアノブに手をかけるが、なかなか部屋に入る勇気が出なかった。その時、別の部屋のドアが開く音がし、唯香は慌ててドアを押し開けて部屋の中へ入った。
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