過去

3/3
前へ
/17ページ
次へ
 結局三日も学校を休んでしまった。寝ようとしてもあの日のことを思い出しては目を覚ましていたせいだろう。  早く創に会いたい。会わなければならない。  すぐに創のところに行こう。そう思って教室に入る、と、何か異様な空気が漂っていた。 「あ、佐伯くん! 大丈夫だった?」  普段はたいして話さない女子たちに突然囲まれる。 「急に熱出てさ。でももう平気。サンキューな」 「ほんとに佐伯くんっていい人ね。だけど無理はしなくていいんだよ? 夏川くんに何かされたんでしょ?」  え……? こいつらは何を言っているんだ。 「体育倉庫に呼び出して……って、ごめんね。思い出させちゃったよね」  困惑している俺の表情を苦痛と取ったのか一切不要な気遣いまでされる。 「俺、ほんとに何もされてない。ていうか、勝手に俺が夏川のこと追っていって、その、たまたま閉じ込められる形になったっていうか。夏川は悪くないどころか、急に体調崩した俺のためにずっと中にいることアピールしてくれてたし」  全部本当のことだ。それなのに女子たちは「ほんとにいい人」などと同情するような目を向けてくるだけで俺の話を信じようとしない。  創はどこにいるんだ。教室を見渡すも創の姿はない。しかしカバンは置いてあるし学校には来ているのだろう。  女子同士の会話に戻ってくれたタイミングで輪から抜け出し四人の元へ行く。 「前はありがと。それでなんだけどさ、なんで俺たちが閉じ込められたことこんなに広まってんの?」  思わず焦りを隠せない俺に四人は顔を見合わせながらも淡々と教えてくれた。 「……おれたちにもよくわからない。おれたちがやったわけじゃないってことだけはわかってほしい」 「それはわかってる」 「よかった。んで、次の日学校来たら変な噂が出来上がってたんだよ。夏川が佐伯を、その、体育倉庫に呼び出して告って、佐伯が断ったにも関わらず、えと」  そのあとに言葉を繋ぐことを躊躇うように四人は俺から目を逸らす。その様子からなんとなく察した。 「……性行した、とか」 「悪い、おまえに言わせて」 「別にいいって」 「おれたち言ったんだぜ。その日に佐伯と話したけどそんなの全部嘘だって。それで噂は薄れかけてたのに、夏川が」  またも彼らは口をつぐむ。 「夏川が、どうしたの?」  今回は察してやることもできずに問うと一人が気まずそうに口を開けた。 「あいつが言ったんだよ、オレはたしかに性行したって」  どうして。なんで。まさか本当に俺をそういう目で見ていた? バカなこと考えるな。万が一そうだとしても創はそれを得意げに言いふらすような奴じゃない。 「そんでみんな大騒ぎ。隠そうともせず平然とそんなこと言うなんてキモいって」  そのときパッと体育倉庫での出来事が蘇る。扉の外で笑う声。「もう関わらない」と叫ぶ創の声。  どうして創が一番辛いとき、俺はそばにいてやれなかったんだ。  創。俺が休んでいる間どれだけ不安だったか。どれだけ怖かったか。どれだけ孤独だったか。いや、もっとずっと前から、俺には想像もできないくらい苦しい毎日を送っていたんだな。  今すぐ創に会わなければ。そして、伝えなければならないことがある。 「創のこと探してくる!」  気づくと俺は教室を飛び出していた。創が行きそうな場所。俺に思いつくのは美術室くらいしかない。  美術室は扉が開いており中には人の気配がある。やっぱり創はここに来ていたのかと期待しつつも彼との対面に微かな不安を抱きながら中に入ったが、そこにいたのは先輩だった。  ぼんやりとした表情でキャンバスに向かっていた先輩は俺を見ると小さく微笑んだ。 「創くんじゃなくってごめんよ」 「い、いえ」 「でも僕も、創くんに来てほしかった。なんてね」  これが冗談ではなく本音であることはすぐにわかる。 「創は、来てないんですか?」 「しばらくずっとね。実里くんも来ないし心配して二人のクラス行ったから、だいたいの事情は聞いてるよ」 「……全部嘘ですから」 「わかってるって」 「俺、創のこと探してきます」  そう美術室を出ようとしたが先輩に呼び止められる。 「僕も創くんのこと守りたかった」 「……えと」 「僕たち同じ中学なんだ。そのとき、僕はただそばにいることしかできなくて、途中からそれすらも拒まれた。今もただ待っているだけで何もできない。……創くんは人に頼るのが苦手なんだ。全部一人で抱え込もうとしてる。だから、実里くん、よろしくね」 「先輩は創のこと……」 「ごめん。ただの嫉妬。創くんがこんなに楽しそうにしてるところを見るの、初めてだったから」 「きっと一番最初に創を救ったのは先輩だと思います。俺じゃなくて……。なんて、すみません。ただの嫉妬です」  先輩は小さく笑って「じゃ、次は実里くんの番だね」と言う。 「俺の場合は助けるなんてカッコいいものじゃないですけど。ただ創に、言いたいことがあるので」  ヒラヒラと手を振る先輩に会釈して美術室を飛び出す。  創の奴、本当にどこに行ったんだよ。俺はたくさん創に弱いとこ見せたのに、どうして創は隠し続ける。いや、俺がそうさせていたのか。体育倉庫で俺の名を呼び手を取った彼は、生まれてはじめて自分の苦しみを打ち明けようとしていたのかもしれない。それなのに俺は手を振り払った。あいつ、どんなに不安で悲しかっただろう。早く、創に会いたい。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加