接触

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接触

 学校中を走り回った。教室棟も管理棟も体育館もその倉庫の中も念の為。人気のない中俺の足音だけが響く。しかしどこにも創はいない。ホームルームの時間が迫っている。もう教室に戻っているのだろうか。でも、俺ならあんな空間にいる時間は一秒でも短くしたい。  靴を履き替え外に出る。駅の方から小走りで校舎に向かう生徒たちの怪訝そうな視線の中逆走していく。  俺が行くなら、誰も人のいない場所。誰の目もない静かな場所。 「創っ!!」  体育館裏の草むら。駅からも自転車置き場からも遠いその場所で創は膝を抱えて座っていた。  俺に気づいて顔をあげた創に笑みはなくひどく疲れ切っていた。 「創、俺、ほんとにごめん。おまえに言いたいことが」 「来るな」  創の低い声がズンと胸に響く。 「ごめん。創のこと傷つけたのに三日も何もできなくて。体育倉庫でのこと、すげえ後悔してる。俺、創のこと──」 「あ、やっと来た?」 「え……」  背後から聞こえた知らない人の声に驚いた直後、ふわりと肩に手を回される。 「なん、すか?」  震え始めた足に力を込めてグッと地面を踏み締める。 「いやあ、夏川に体育倉庫でいろいろされて、かわいそうだなっていう同情」  組まれた手を振り解こうとするもより強く掴まれ仕方なくそのままの状態で耐える。 「俺は何もされてねえ。てめえらだろ、俺らを閉じ込めたのも馬鹿な噂を流したのも」 「いいや君は夏川にひどいことをされた。なあ、そうだよな?」  ギュッと強い力で引き寄せられ思わず悲鳴をあげそうになった。何やってんだよ俺。こんなんで創に言いたいこと言えんのかよ。 「されてねえ」 「本当に?」  さらに力を加えられ物理的にも息を吸うのが困難になる。  だがこんなところで誰が折れるものか。  鋭く睨みつけると彼らは「きゃー、怖い怖い」とはしゃぐ。 「佐伯、早く逃げてくれ。噂はオレがどうにかする。おまえが変な目で見られるようなことは絶対ないようにするから」  創が今にも泣き出しそうになりながら叫んだ。そんな声を聞いて誰が逃げられる。 「ふーん。夏川、おまえにどうにかするなんてできるわけねえだろ。みんなの前でおまえ自身が認めたんだから」 「できる。オレが性行した相手はおまえらだって言う」 「はっ、それでどうにかしたつもりか?」 「これはオレたちの問題だろ。佐伯さえ巻き込まなければそれでいい。……だから、佐伯は心配しないで」  どうしてそんなふうに笑える。おまえだけか苦しむ未来をどうして受け入れようとするんだ。  意識が逸れ力の緩んだ手を振り払い創の元に駆け寄る。 「……逃げろって言っただろ」 「俺は構わない。別に、創と俺が何かしたって言われても」 「何言ってんだよ」 「でも、無理やり創がやったとか、俺が拒絶したとか、そんなふうには言われたくない」 「……オレが触れて、怖かったんじゃないのか」 「体育倉庫には嫌な思い出があるんだ。だけど後悔してる。創、俺に助けを求めようとしてくれたんだろ? それに気づけなくて、拒否までして。本当は、そんなことしたくなかった」 「……佐伯?」 「創、嫌じゃないなら、目を閉じて」  チラチラと揺れる創の瞳をじっと見つめる。創の目に水滴が溜まっていく。彼は強引に口角を上げた。そして、そっと瞼を下ろす。涙が頬を伝った。湿った長いまつ毛が少しだけ震えている。 「創」  彼の名を呼ぶ。創は目を瞑ったまま俺の方へと身体を向け、少しだけ上を向いた。  ゆっくりと顔を近づけ、そっと彼の唇に触れる。  柔らかな感触。創の心が流れ込んでくるようだ。心臓が音を立てる。それは恐怖ではない。  創、どうしようもなくおまえが好きだ。
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