むゆうがく

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 少女の手記には、アイラに対して崇高な恋文がつづられていた。  みだれた筆跡から、精神錯乱状態に陥っていたことがわかった。  このような事件は、少女の自殺を皮切りに頻出するようになる。  被験者たちは、皆、アイラの夢を受夢しすぎた末「空をとぶ妄想」を手にいれる。現実と妄想――。その境目の区別もつかぬまま、ありもしない羽を羽ばたかせ、おちていく。  自殺未遂におわった少女と話す機会があった。  包帯で頭をぐるぐる巻きにした少女は、口元にあぶない笑みをうかべ、アイラへの愛と「銀色の蝶」の話をした。 「銀色の蝶々さんが……ミカに手をふっているの。おいで、おいで、って。こっちにくれば、とてもおいしい花の蜜がたくさんある、ピンク色のお花畑がひろがっているぞ、って。でね、ミカは、きづけば青空にいる。そこにはミカをいじめる人はだれもいなくて、自由なんだ。アイラ様も、よくいっていた。こっちの世界は、重力が重すぎて、生きにくいって。皆で花園で生きましょう、重力のない花園で、風を追って生きていきましょうって」  少女はその後も自傷行為をくりかえした。  手をのこせば、刃物で切りつけようとするため、包帯で縛り、猿轡をかんでいる。  そのすがたはまるで、蚕のようだった。  羽を内包し、まだみぬ青空を夢見る、哀れな蚕だ。  アイラの描夢によっておとずれた一時のユートピアは、急速に崩壊へとむかった。一つの部品が壊れれば、そのとなりの部品に負荷がかかり、やがて、壊れる。そんな風にして、社会は音をたてて崩壊していく。  アイラの夢にすがって生きていた人々が、次々に自死へと手をのばす。  今までアイラの夢によって成り立っていた社会システムは、すこしずつ崩れていく。今こそ、元祖の社会システムを見つめなおさなければならない。だれかがいったが、夢の世界におぼれていた人々が、現実への再起の方法など、知る由もない。皆、壊れゆく夢と知りながら、アイラの夢にすがるしかなかった。  この辺りから、アイラに反抗意識をもつ者があらわれた。  アイラは危険だ、彼女は夢で安寧をあたえるヒュプノスではない、崩壊を招き入れるタナトスだ――。  アイラを殺せ――裏で暗躍する組織が、大金を積んでアイラの暗殺をもくろむようになる。  〇年△月×日。  夜。  ついにアイラは、胸を包丁で刺された。  容疑者はすぐに確保された。  アイラの夢によって、娘を亡くした母親であった。  
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