むゆうがく

9/9
前へ
/9ページ
次へ
 ひとつの国が夜にしずんだ。  日々、殺人や傷害など、犯罪が横行した。  夜が深くなった頃、汚された魂は、高層ビルよりとびおりた。  寄る辺をなくした精神たちは、日夜汚れてゆき、もう澄み切ることはなかった。  人の死体がいくつも積み上がった。  もう、生命の灯の影すらも残っていない。  時の流れが「夢重ねシステム」を解体していった。  ガラクタの山でつくられたくらやみは、陽がある時間帯でも、夜のように暗かった。  そこで、ちいさな光が点滅していた。  とおくからみれば、銀色の蝶がはばたいているようにもみえた。  くらやみのなか、馬によくにた、羽をもつ動物が足をおってやすんでいる。  そのとなりには、ひとりの女性が「念写紙」にむけて、祈るように、描夢をおこなっていた。  描かれた線は、ひとりの女の形をつくろうとした……だが、力が弱かったのか、紙はそのまえに、風化し、くらやみの奥へときえていった。 「私だって……奇跡を」  女の頭のなかにうかぶ光景は、いつかみた、大量の銀蝶を背負うアイラの背であった。私にも――彼女のように奇跡を。  女は涙を一粒ながすと、ふたたび念写紙を手にし、祈った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加