よみがえる記憶

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よみがえる記憶

『西暦三〇XX年。数多なる隕石の襲来により、地球は滅びの時を待ち受けています』 『月や火星への緊急脱出ロケットが次々と打ち上がり、人類は新たな星で歴史を刻む』 『ロケットの定員は決まっているため、少なくない人数が地球と共に終わりを迎えます。ですが神は、我らを見捨てないーー』 『今日も暴動が起きました。我々もロケットに乗せろ、という悲痛な声が、国会議事堂前に響き渡ります。果たして日本政府は、どんな対応をするのでしょうか』  次々とチャンネルを変え、原中空はため息を吐く。どれも話題は地球滅亡についてで、代わり映えのしない画面にイラつきさえ覚える。  空はもう一度大きくため息を吐いて、テレビを消した。空中に映し出されていた画面が、ぷつりと消える。  地球滅亡だとか緊急脱出ロケットだとかは、もう聞き飽きた。仕事でもプライベートでも同じ話を繰り返し聞いていると、気が滅入ってしまう。  さりとて暇を潰せるようなアイデアもなく、ソファに体を沈ませる。給料に見合った上質なそれは、空を柔らかく受け止めた。 「退屈だねぇ……、……」  下腹を撫でた手を、ぐっと握り締める。  嫌なことを思い出した。固く目を瞑って、不快なフラッシュバックをやり過ごす。  やはり退屈は人を殺す。特に後悔や罪悪があると、簡単に心を押し潰すのだ。 「おはよーございまーす」  見慣れた扉を開けて中に入ると、既に空以外の職員は出勤していた。  狭い部屋の真ん中に四つの机が並び、その周りを書類のタワーや箱が山積みになって取り囲んでいる。もちろん机の上にも、倒れそうな紙の束が置かれていた。  山に埋もれた三人の職員は、それぞれ片手をあげるなどして空の挨拶に応えてくれた。  紙の山の間を縫うよう歩いて、席に着く。すると、さっそく隣の席の先輩に声をかけられた。 「原中さん。これが今日のリストね」  渡された書類の束を両手で受け取る。ずっしりとした重さが腕に伝わり、この後の作業の大変さが伺えてうんざりした。  タブレット一台でほぼ全ての業務がどうにかなる世の中で、こうして紙を渡されるのには理由がある。  情報漏えいの阻止だ。万が一でもこの中身が外に漏れてしまったら、瞬く間に殺害標的リストに早変わりしてしまうと予想されるから。 「今日も多いですねぇ……そんなに人類存続に役立つ人間がいるとは思えませんけど」 「命の選別をするのが怖いんだろうね。選定済みのリストもこの部屋に放り込むくらいだし、『選ばれた命たち』さえも見たくないんだろう。はあ、シュレッダーかけるの面倒だねぇ……」  疲れきった顔で愚痴を言う職員は、それでも書類を捌く手を止めない。でないと、残業時間が伸びてしまう。  この『地球脱出ロケット乗組員選別リスト』は、それだけ量があった。  選別の基準は、新しい星での貢献度。これまでの功績やこれからの伸び代を加味し、役に立つであろう人間でロケットの席を埋める。  何度もふるいをかけた先の最後の砦が空たち、なはずなのだが、日々渡される書類の量は半端なく多い。酷い時には、空の背丈さえも越す。  更に、対象の素行調査や心理テストの結果にも目を通さねばならないから、時間がかかる。 「あ、原中さん。そのリストが終わったら、こっちのダブルチェックもお願い」 「はぁい」  優秀な国家公務員かつ天涯孤独だからと選別係に任命された空は、今日も大仕事に取り組む。  しばらく黙々と作業が続いた。 「……ちょっとお手洗いに」  ひとりが席を立った。皆の集中により張りつめていた空気感に、緩みが生じる。  つられるようにして、またひとり立ち上がった。 「タバコ休憩してきまーす」 「あ、俺も」  全員いなくなってしまった。職員が少ないこの職場では、よくあることだ。  扉が閉まる音を聞きながら、新しい紙に手を伸ばす。 「え……」  目に飛び込んできたその名に、どくん、と心臓が鳴った。とっさに下腹部に手を当てる。 「……っ」  嫌な記憶が、頭を巡る。
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