眼鏡改めで御座る‼︎

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「眼鏡改めで御座る!」  仇討ちの使命を長年、待っていたかの如く、轟き渡る声と店全体を囲った足音が、古くから店を構える商家に響き渡る。口笛の合図で各々の場所を固めてゆく彼らを視界の端に捉えながらも、店主は奉公人達に彼らの声に負けないように指示を出してゆく。  眼鏡改め。御上が認めた眼鏡以外を罰する為、御上の手足となる部隊が非公認である眼鏡を壊してゆく行為だ。近々、直属の警備隊が眼鏡を取り締まることは、店主は被害に遭った他店の者たちから、事前情報として得てはいたものの、まさか自分の店が次の彼らの獲物になるとは思ってはいなかった。 「裏へ回れ! おいっ、お菊! お客様を早く、裏口からご案内を」 「だ、旦那さま。あ、あのぉ。裏口も塞がれてます」 「な、なんだって」 「大人しく、ご同行をお願いします」  刀の切っ先を首に突きつけられ口許に、僅かな笑みさえも浮かべていない執行人に、言葉を失った店主は渋々と、店の中へと戻される。  店内もこの国の公儀機関である者を示す軍服と細身の刀を鞘に仕舞っている武装をした青年達に囲まれていた。襟元に咲く桜の紋章は、彼らが御上直属の組織である証だ。客は彼らに背を押され、一列に並べられていた。ひとりの美丈夫な青年が主導になり隊員達に指示を出し、鞘で逃げようとする相手の動きを封じて、取り締まりを行ってゆく。  遊郭にでも行けば引くてあまたになるだろう、青年の美貌に店主は舌打ちをつきたくなる気持ちを隠す。桜の数の多さが彼の部隊における階級を表すのだが、桜の数が他の隊員達よりも多いことにより、彼がこの部隊を担う上役であると知ることができた。  薄い唇を引き締めたまま、何も言わない青年に自分よりも年下の若造だと心の中では悪態をついていたのにも関わらず、青年の見る者全てを凍らせるような視線に店主はらしくもない怯えを抱いてしまう。  青年は客が目にかけている眼鏡を、同じ背の高さに屈むと、警棒であげて一瞥してゆく。彼が発する『可』や『否』の言葉で、客達は選別をされ分けられた。  店主は塵のように放り投げられる眼鏡を見つつ、大人しく、彼らが目を光らせる列の最後尾へと回る。  青年は凜とした背中を伸ばし、彼よりも年嵩があると思われる隊員達は彼の後ろで動向を見守っているようだ。  何人目かの眼鏡を監査し終えた青年は、低い声でひとりの派手な紫色の女性用の振袖を羽織り代わりに纏っている男に問いかけた。 「お前。この眼鏡をどこで買った」 「そ、そりゃあ、あんたも見りゃあ分かるだろう? 勿論、御上公認の店だよ」  青年が自分よりも年若いことを悟ったのか。裕福な家庭のどら息子なのだろう。上からの目線で彼の問いかけに答えた客に青年は彼の目の前の警棒を用いて、眼鏡を床に叩き落とすと、その足で踏み割った。  縁が曲がり、硝子が砕けた眼鏡は再び、彼の眼鏡として使用出来ないだろう。視界が覚束ないまま、男は青年の胸ぐらをふらつきながらも、掴むと騒ぎ始めた。 「な、なにするん……」 「貴様、御上に対する侮辱か? 連れて行け、次」    青年が眼鏡を取り締まってゆくなか。既に検閲も終わって暇になったのか、奉公人が煎れてくれた茶を飲みつつも町人たちは彼に対する噂話をする。 「あのお人かい。真殿佐月(まどのさつき)って。御上直属の警備部隊に睨まれたとあっちゃあねぇ。見てみなよ。顔はいいかもしれないが、あの冷たい目。手配書に載せられている悪人連中より、あっちの方がよっぽど質が悪いじゃないか。俺たちは眼鏡がないとなにも出来ないって分かっているのに。人が困るって分かってて、無情が出来るんだから、あの人の血の色はきっと青い色だろうね」 「しかし、この店も御上にたてついたんだろう? こんな城下のお膝元で詐欺なんてよくやるよ」 「あの隊長さん。姿絵が売られてなかったかい? 若い娘たちの憧れだっていう話じゃないか」 「うちの娘も何枚か持ってるよ。若いけど、やり手って話だろう? 俺らみたいな連中は御上の顔なんて、直接、拝めもしないが、彼だけは別らしいね。あの男も可哀相に。きっと、二度とお天道様をみる日はこないだろうねぇ」  佐月は町人たちを睨みつけると、彼らは竦みあがって、『さぁ、仕事。仕事』と口々に言い訳をして、早々に店を後にした。  昔々から始まる、この国の子供なら誰でも一度なら、耳にするお伽話だ。  佐月が暮らすこの国では、男女問わず、眼鏡で視力を補わないと生活が出来ない程、町人全ての視力が悪い。      その理由はこの国を作った男神が女神の浮気に嫉妬をし、自分以外の男を二度と見ないように、光を奪った。   また、女神が男神の浮気をされてと対なる話がふたつの説があり、学者たちの間でも未だ、着地点が見えない。 〈貴方から光を奪ってしまえば、貴方はまた私だけを見てくれるだろう〉  そんな言葉から紡がれるこの国の創設神話は、ある者にとっては、そこまで愛してくれる人がいるなんて幸せだと思う者がいる一方、そこまで想われるなんて気味が悪いと、恋慕う者がいる気持ちはどちらの感情と酒の席の肴としてあげられる。  男女問わず恋い慕われることが多い佐月であるが、真に愛した人がいないせいなのか、どうしてそんなくだらないことに時間を使うのだろうかという思いの方が強く、この話題を振られても『くだらない』と一蹴することが多い。  御上が認めた店以外の眼鏡の売買が禁止されることになっている理由は、表向きは粗悪品の眼鏡を叩き売る闇市を活性化させないようにと、佐月が学生だった頃にはそう習っていたが、本来の目的は目の上のたん瘤である反朝廷組織の人間をいぶり出す為だ。  佐月はこの仕事をするようになってから、国が町人たちの動向を常に監視をしていることを知ることになった。   どうして、町人たちの眼鏡に監視要素がある硝子を用いてまで徹底するのかに疑問が持ったものの、自分には届かない雲の上のことまで知る由がない。  しかし御上の意に従い、かのお方抱えている憂いを果たすことが直属の警備隊の仕事であり、佐月が隊長を担う部隊に課せられた任務だ。そんな自分の仕事に佐月は誇りを持って臨んでいる。  御上の公認ではない眼鏡は警備隊によって割られ、見せしめとして外に山を作り、公認ではないと知りつつも眼鏡を使っていた男は、何ヶ月かの禁固刑に処せられるだろう。 「隊長。此方の確認は、全て終わりました」 「今日の隊務は、これで終了だ。皆、御上の御心のままに」 「「はっ!」」    艶やかな彼岸花の花の柄の着物を着崩した、だらしのない男の胸元の薄紅色の突起に道ゆく人々が好奇の眼差しで見送る姿が目に入った佐月は、他の仲間達に他の店も見て回りたいという言い訳を告げると、足早に隊員達別れる。彼らの視線が自分の姿を見て逸らされたことを確かめつつ、自分よりも低い猫背の男の着物の衿を引っ張った。 「何をしている、真宵?」 「おやまぁ。こんな場所で鉢合わせるなんて奇遇だね、佐月さん。今日は吉野屋さんの眼鏡改めじゃなかったっけ? あそこで売ってる高いばかりの呉服なんて、滅多なことじゃ買わないけれど。佐月さん達の的になるなんて、気の毒だよね。あの店、阿漕な商売もしてたって話だろう? 翌日には瓦版に面白おかしく書かれるだろうね」  何がおかしいのか、彼は金色の瞳を猫のように細めて、くっと笑う。 「奇遇だと? それは俺の台詞だ。お前はまた、だらしのない格好をして。今日は御上とお目通りだと、家を出る前は言っていただろう」 「ああ。それなら、断ったよ。持病の癪ってことで」  わざとらしく、胸元を押さえながらも痛そうに歪んだ顔を見せてくる真宵の頭を、佐月は遠慮なしに音を立てて叩く。丸眼鏡が逸れて、真宵は眼鏡を元の顔の位置へと直した。 「丁番が曲がらなくて良かった。佐月さんたちお得意の壊すのは簡単だけれど。戻すのは大変なんだよ?」 「例え、壊れたとしても、お前ならお手の物だろう? それよりも、あまり、御上を邪険にしてたら、その内、牢屋敷の住人になるかもしれないぞ」 「大丈夫、大丈夫。佐月さんには、迷惑かけないからさ」 「……どの口が言うか」  佐月は彼の言葉に呆れつつも真宵の前に屈むと、着物を直したあとで、ぼさぼさだった髪を懐にある櫛で綺麗に梳く。彼の佇まいを直した後で、上から下まで確認をした佐月は満足げな顔で頷いた。 「相変わらず、佐月さんは真面目なお人だね。そんなに肩肘張らず、生きなくてもいいと思うよ? いつか佐月さんが私のことで頭を悩ませるあまり、胃を壊して死なないか心配だな。恋煩いなら嬉しいところだけど」 「そもそも、お前がだらしないからだ!」  思わず、人通りがある町中で彼を大声で彼を怒鳴りつけてしまってから、佐月は咳払いをする。 「あまり認めたくないないが、お前は人を惹きつける顔をしているんだぞ? 先程もお前の胸元を見て、不埒なことを考えた者もいたことだろう。御上の膝下は安心だが、ひとつ通りを逸れれば、残虐な事件も多いんだ」  現に佐月の勤めている警備隊は恨まれていることが当たり前だが、平隊員は二人一組で活動することが決められているにも関わらず、ひとりでも大丈夫だと勝手な判断をした隊員が反朝廷組織のならず者に襲われ、医者の元へ重体で担ぎこまれたのも最近の話だ。 「佐月さんは心配症だね。そんな佐月さんに心配して欲しくて、肌をさらけ出して歩いてたって言ったら、どうする?」  顔を上目遣いに覗きこまれて、怒りか恥ずかしさのためか、佐月は顔を真っ赤に染め上げていく。 「お、お、お前というやつは!」 「あっはは。佐月さんが蛸になった。今日は蛸の酢の物と一献とやりたいところだ」  他人には恐れられている自分をからかってくる真宵に苛々しつつ、佐月はこんな男でも、御上が認めた眼鏡職人だと思い直した。  本人は佐月を揶揄うことが生きがいだというはた迷惑な性格をしているが、彼が作り出す眼鏡の数々は佐月の目からみても、他の職人では作り出すことが出来ない巧妙な技術で作られていることが分かる。  御上が認めた組織は警備隊が桜で階級を示し、眼鏡職人は眼鏡に付属されている紐に備えられている硝子細工の色でその腕前が分かるが、彼の硝子はよほどの職人ではないと貰えない朱色に染まっている。  眼鏡職人と警備隊とは別々の職種であり、同じ頃に御上の元に仕えることになったとはいえ、真宵を佐月が拾っていなければ彼との接点はなかっただろう。  佐月は彼自身が話すまで、真宵が眼鏡職人だとは気づかなかった。ふたりの出会いは佐月が隊の下っ端時代の頃まで遡る。  ずぶ濡れの雨のなか。自分が暮らす長屋の前で誰かが倒れていたことで、佐月は仕方がなしに駆け寄った。 「おいっ、おいっ!」  番傘を閉じると、また酔っ払いが迷惑なことに人の家の前で寝入ってしまったのかと、佐月は彼の体を揺するが、彼は微かに[[rb:呻 > うめ]]くだけだ。 「ちょいと、うるさいよ! 佐月さんっ! 赤子が起きちまうじゃないか‼︎」  地獄絵から這い出てきたような鬼にも似た形相をした女に佐月はつい謝ってしまう。 「も、申し訳ない」  長屋の隣人は太やかな肝っ玉母さんで『若い頃は小町と呼ばれて、皆が皆が私を取り合ったもんさ』とよく話しているが、彼女の亭主である大工の旦那が『団子を他の野郎から取り上げてるところはみたが』とぼやいて、叩かれていたところをみれば、若い頃から変わらなかったことが伺える。  日頃、食事の世話などで長屋の人々には世話になっていることもあり、佐月は逆らうことが出来ない。 「おや、そのお人、ずぶ濡れじゃないか。早く、お家に入れてあげなよ」 「おかみさん。こいつと俺は赤の他人で……いえ、お騒がせして、すいませんでした」  自分を睨みつけていた彼女が満足そうに頷いて、引き戸を閉めたことに、佐月は仕方がなく、男を背負うと自分の家の中へと入れる。  その頃の佐月は警備隊の仕事を任された新人でもあり、慣れない仕事で家には寝に帰っていたようなものだったが、何ヶ月ぶりに休暇を貰えた日に限って、厄介な荷物を背負ってしまったことに、疲れも増す気がした。  濡れてしまっている体を布巾で拭い、自分の夜着を体温を奪われている彼に巻きつける。それでも、彼の体がまだ震えていることに小さく、嘆息した佐月は小柄な彼の体を抱きしめると目を瞑った。  翌日、誰かに胸元を小突かれている感覚に目を開ければ、綺麗な顔をした男と目があう。 「抱きしめてくれるのはいいけど、ちょいと暑いよ」  昨日は薄茶色い髪が濡れそぼって顔を隠していたことで、その容貌が知られなかったことに佐月は安堵をした。この顔を誰かに知られていれば、今頃、遊郭街にでも高値で売りつけられていただろう。  佐月は男の不満げな声を気にすることなく、彼の額に手を当てる。予想通り、長い間、雨に打たれていたからだろう、昨日は冷たかった彼の体温は上がっている。 「暑いのは熱が出ているからだ。暫く、寝ていろ」 「……あんた、[[rb:女衒 > げぜん]]かい?」 「そんな不埒な輩と一緒にするな! 俺は朝廷側の人間だ」 「ふぅん」  男は佐月を一瞥するが、彼がなにを考えているかは分からない。佐月は家の食料と薬箱をみるが、思った通り、買い出しに出なければ、家には何もなかった。  この男をひとりで残しておくのも不安が残るが、佐月は買い物に行く為に着物を脱ごうとする。 「今から一戦するのかい?」  はん乾きになった着物を男が脱ごうとしたことに、佐月は狼狽える。 「おいっ。風邪を引いてるのに、なんで脱ごうとするんだ?」 「いきなり脱ぐから、体で返せってことかと」 「そんなわけがあるか‼︎」 「そんなに怒っていて、疲れないかい?」 「お、お、お前が怒らせてるんだろうが‼︎」  佐月は男を布団に押し倒すと、何枚もの夜着を上に載せていく。 「いいか? 俺は今から買い物に行くが、お前は大人しく、寝ていろよ?」 「……わかったよ」 「大人しく、だからな」  重ねて告げた佐月の言葉に何が面白いのか、彼は初めて口元が綻ぶ。 「変わったお人だね」 「……なにか、言ったか?」 「いいや。いってらっしゃい」 「あ、ああ」  どこか掴めない男だと思いつつも、佐月は長屋を出て、買い物に出かけようとしたところ、呼び止められる。長屋の女性たちが井戸端会議をしていて、彼女たちに苦手意識を持っていた佐月は腰が引けたが、手を招かれた為、仕方がなく、招かれた方へと行くしかなかった。 「佐月さん。昨日の猫は大丈夫だったのかい?」  以前、佐月が何匹も子猫を拾って困って、相談したことをからかって、あの男を猫になぞらえて、彼女は聞いてきたのだろう。 「佐月さん。また、あんた猫を拾ったのかい?」 「前も猫を飼う代わりにつきあってくれっていう娘子たちに囲まれていたじゃないか。私があと十年、若くて、旦那と会っていなければねぇ」 「あっははは。あんたと佐月さんなら、私にだって可能性があるよ」 「なんだって!」 「そんなことより、御上の溺愛してる若さまが家出したらしいよ。それでも捜索隊は出さないんだってさ」 「私たちの知らないところで、探されてるんじゃないかい?」 「さてね。朝廷の方針とかなんとかで、お顔も一切、出されていないお方だしね」  彼女たちの話は自分の興味があることばかり、好きに喋っているから纏まりがない。いつまで、自分はこの場にいればいいのかと佐月が途方にくれていると、隣人の奥方はようやく思い出したように、佐月に鶏の卵を渡す。 「すっかり忘れてた。これで拾った猫にでも、滋養のつくものを作ってやりな」 「ありがとうございます」  ようやく彼女たちから解放されると、佐月は薬屋などで買い物を済ましていくが、町人の誰もが御上の息子の家出話などしてはいない。  佐月はまだまだ、下っ端の為に捜索隊のひとりとして呼び出されていないことも考えられるが、いつも彼女たちはどこから噂話を仕入れているのだろうかと考えてしまう。  下手な諜報隊よりも各々の家庭を任されている彼女たちの方が、自分も知らない上層部の情報を握っているのではないかと考えると背筋が冷えた気がして、佐月は足早に家へと戻った。布団が丸まっていることに安堵をするが、家族としか暮らしたことがないため、何と言えばいいのかが分からない。 「……っ。帰った」  眠たそうな顔をして、男は埋まっている夜着の中から顔を出す。 「おかえり」 「あ、ああ。食欲はありそうか?」 「軽いものなら食べられるよ」 「そうか」  彼の元に行き額に手を当てると、朝よりは熱も下がっているようで安堵する。食欲もあるとのことなので、粥を食べたあとに買ってきた薬を飲めば熱も下がるだろう。  佐月は台所に立ち土鍋に米と水を入れ火をつけると煮立たせる。井戸端会議に付きあった報酬を粥にいれて上に刻んだ青ねぎを載せると、男の元へと持っていく。  親鳥に餌をねだる小鳥のように、『あーん』と男が口を開いたことに佐月は首を傾げた。さっさと食べろと佐月は男に椀を持たせようとする。 「なんだ?」 「なんだって、食べさせてくれないのかい?」 「な、な、なんで俺が」  耳元で叫んだせいなのか、男は五月蝿そうに目を細める。 「えっと、あんたは」 「真殿佐月だ」 「佐月さん。病人には優しくするって教わらなかった?」  その言葉に佐月は撫然とした顔をしてしまう。しかし、こうして声を張り上げてばかりいたら、またお節介な隣人が様子を見にくるだろう。作ったばかりのお粥に息を吹きかけて、男に匙を向けると、彼は嬉しそうに粥を食む。全て、平らげたことで、佐月はあえて選んだ苦い薬を渡した。 「ご馳走さま。久々に美味しいと思えるものを食べられたよ」 「そういえば、お前の名はなんというんだ?」 「真宵。こんな家なしを拾った上、看病までして、お節介だってよく言われない?」 「……隣人に猫の世話をしろって言われたからな」 「ふぅん。猫は猫でも、私は招き猫かもしれないよ?」 「招き猫?」 「お世話になった分だけ、佐月さんにお礼をするにゃあ、ってね」  その後。具合が良くなった真宵は変わらず、佐月の家で暮らすようになったが、まさか彼が眼鏡職人だとは思いもよらなかった。眼鏡を作ること以外の衣食住に関しはいい加減な真宵を見て、佐月は自分が出会う前は、どうやって生活をしていたのだろうと思う。  彼は自分を『招き猫』だといったが、真宵のどこに幸福を呼ぶ効果があるのかと、暮らし始めた頃に聞いてみたところ、『こんな滅多に会えない美人と一緒に暮らせるんだよ?』と怪訝そうに言われ、隣人に恐れをなして拾ってしまったことに後悔をしたものの、不思議と真宵とは気があった。  真宵は自分達をみて、囃し立てている女の子達が気になったようで微笑む。 「あそこにいる子達。さっきから、佐月さんの方ばかりを見てるじゃないか。手でも振ってあげたら、どうだい?」  そう言いつつ、真宵が佐月の代わりに手を振ると、恥ずかしそうに少女達は黄色い声をあげて、はしゃぎながらも大きく手を振り返す。真宵は佐月を見ていたと勘違いをしているようだが、彼女たちは間違いなく、彼に熱い視線を送っていたのだろう。彼の風貌は青年というよりも、女性らしい柔和な顔立ちである。  昇進を祝う式典でも彼はその面立ちからか、誤解を受けていた。 『お、女で職人を志すなんて珍しいな』 『そうかい? 性別なんて気にしてたら、今のご時世、働いていけないと思うけどねぇ』 『それはそうだが』 『もしかして、お兄さん。あんたも、私のことを女だって思ってる?』 『ち、違うのか?』 『あはは、違うよ。こんな顔をしているせいか、誤解をされがちなんだけどね』 『……真宵。あまり、俺の後輩をからかわないでくれ』 『ま、真殿隊長! も、もしかして、隊長のこれですか⁉︎』  小指を立てられて、佐月は首を振ろうとするが、その後、真宵に懸想をして恋心から追い詰められていく者達の後始末を引き受ける羽目になったことを思い出し、仕方がなしに頷く。初めの芽を摘んでしまえば、この青年なら諦める。佐月が頷いたことに嬉しそうな顔で、腕に纏わりついてきた真宵には、あとで正座をさせて、説教をしたいところが聞く耳を持たないだろう。陰で新人隊員たちに佐月は嫉妬深いと思われるかもしれないと思うと頭が痛くなってくる。  険しい顔つきのせいか、怒っている訳でもないのに、機嫌を損ねたと部下にまで脅えられている佐月と違い、警備隊には向かないだろうが、真宵の顔立ちが佐月が羨ましくなる時がある。  幼い頃はあまりにも可愛いからと、よく女子と間違われて、遊郭に誘われたこともあったと笑いながらも話す真宵のことが放っておけなくなり、一度、懐に入れた相手だと面倒見がいい性格も災いしてか、つい佐月は真宵を構ってしまう。 「用事は、済んだのか?」 「すっかり忘れてた。また、来るから、大丈夫だよ」 「俺は隊務に戻らなくてはいけないが……。あまり、ふらふらするなよ。今日は、早く帰る」 「うん。待ってる」  子供を心配をするように目を細めた佐月に、幼子のように真宵は笑って頷いた。 「あっ、佐月隊長だ~。お帰りなさい」 「田崎。お前、もう見廻りが終わったのか?」  他の隊員が忙しなく、働いている中。煎餅とお茶で一服しつつ、ひとりだけ休憩している部下の姿に、佐月は唖然とする。 「だって~、俺が手伝っても邪魔になるだけって。先輩達が邪険にするんですもん」  先輩の方を佐月が見ると、一斉に目を逸らされる。『隊長もどうぞ』と田崎に煎餅を渡されたことで、佐月の怒りが沸点に達した。彼の眼鏡を鷲づかみにすると、佐月は迷わず片手で力任せに割ってしまう。 「ぎゃああああ。俺の眼鏡ちゃん」 「何が、眼鏡ちゃんだ! 馬鹿ものっ‼︎ 田崎、お前、この仕事就いて何年目だ。仕事くらい、自分で見つけてやってこい‼︎」 「で、でも、眼鏡がなくちゃ、仕事が出来ません」 「じゃあ、今から急いで、作りに行ってこい‼︎」  田崎はいいことを思いついたように、嬉しそうに手を叩く。眼鏡を使い物にされなくなったというのに、彼の表情が明るいことに佐月は不気味なものを見た気がした。 「じゃあ、真宵さんに眼鏡を作って貰おう」 「真宵にか?」 「はい、真宵さんって綺麗だし。眼鏡作りの間、真宵さんのことをみつめていられるし、俺の新しい眼鏡も作れて、一石二鳥じゃないですか」  佐月が前向きな田崎の言動に呆気にとられていると、他の先輩隊員が苦笑をしながらも彼に声を掛ける。 「お前。春日部さんが作る眼鏡の値段、知ってるのか?」 「いいえ」 「太夫の[[rb:揚げ代 > あ だい]]くらい、かかるんだぞ?」 「太夫の揚げ代ってことは、一両2分ですよね……って、えええっ。そんなにするんですか? 佐月隊長は、いつも眼鏡が壊れたら、真宵さんに作って貰ってるらしいじゃないですか。隊長の階級にもなると、吉原に通い放題ってことですか」  佐月の顔面近くまで迫ってくる普段みせたことがない田崎の覇気に、思わず、たじろいでしまう。 「ち、近いぞ、田崎」 「真宵さんまでとはいかずとも、隊長も俺の好みの範疇だから大丈夫で……った」  唇近くまで距離をつめられ、佐月は手の平で田崎を押しのけると彼との適切な距離をとる。仕事でもこれくらい相手を追い詰められたら、優れた隊員になるだろうと見当違いなことを胸倉を揺さぶられつつ、佐月は考えた。  周囲に助けを求めても彼らは笑って、佐月を冷やかし始めた。 「そりゃあ、春日部さんと佐月は夫婦みたいなものだからな。夫から高額な金子を受け取るわけにはいかないだろう」 「だな。並大抵の女子よりも、春日部さんは可愛い人だからなぁ、佐月が羨ましいよ」 「は、はぁ」 『夫婦』や『可愛い』などの単語は、佐月の頭の中に入ってこない。一体、誰の話をしているのだと思う。曖昧な返答をしつつ、彼らの妄想が過熱してゆくのを聞き流していた佐月はようやく、我に返った。 「俺と真宵はそんなにいかがわしい仲ではありません! 俺と彼の間は、あくまで友人関係であり」 「分かってる、分かってるって。早く、可愛い嫁さんに会いたいだろう?」  そう言って、先輩隊員は佐月を扉前まで押す。出る前に片目を閉じられて、彼らが気を遣って、田崎の絡みから逃れさせようとしてくれたことが分かった。  佐月は軽く、礼をすると、そのまま、隊を後にした。  御上の下で勤める隊員達には寮の部屋が、それぞれの階級によって宛がわれているが、佐月は長屋暮らしに慣れてしまい、階級が隊長になってからも長屋から出て行こうという気にはならなかった。  佐月が拾ってしまったときから、居候として居座っている真宵は猫みたいな存在で、長い間、家を離れることもあったり、家に留まれば、甘えてきたりと気まぐれな存在だ。隊員達の間では、自分達が恋仲であるようにからかわれているが、実際、ふたりの関係は友人の間柄に留まる。  真宵は餌を与えられるからこそ、野良猫のように懐いたふりをしているが、佐月には知られたくない秘密を抱えていることが、偶に澱む瞳から気づいていた。一度の好奇心で足をぬかるみにつければ、二度と戻れないだろう。  佐月が真宵の抱えているなにかを察すれば、彼は共に暮らしてきた年月など関係なく、存在した痕跡も残さず、自分の前から姿を消してしまうことは彼が言わずとも察した。  今後も彼と変わらない関係を続けてゆきたいと思っている佐月は、彼の秘密に土足で踏みこみはしない。 自分が彼の抱えている荷を背負うことなど、真宵は望んでなどいないのだろう。だからこそ、佐月はいつか、彼自身が話してくれるまでは、彼の笑顔に騙されたふりをするという暗黙の誓いを、自身に課していた。そうして、ふたりの暮らしはなり立っている。 「どうだ?」  眼鏡を割ったのは自分にも責があると思った佐月は、田崎の眼鏡を真宵に渡してみた。  眼鏡を一望した真宵はこれなら、調節だけで大丈夫だと先程から、眼鏡の部品を手に取って彼の眼鏡を直してゆく。一通りの作業を終えた、真宵は佐月に眼鏡を渡した。 「これで、どうだい?」 「さすが御上に認められるだけはあるな」  真宵が手を加えるまで形さえなかったものが、また眼鏡の形に戻っている。佐月が懐から金子を出そうとしたら、真宵は首を振った。 「いいよ、いいよ。それに、前から、佐月さんにはびた一文だって貰ってないしね」 「……だがな」  渋る佐月に真宵は何かを思いついたのか、いたずらっ子のように唇を綻ばせる。 「じゃあ、佐月さん。一瞬、目を閉じてくれる?」 「んっ?」  彼に言われた通りに目を閉じると、唇に柔らかなものが当たった。ゆっくりと目を開くと、間近に真宵の顔があり、佐月は思わず、後ろへと仰け反ってしまう。 「う、う、うわぁぁぁ」 「佐月さんって奥手だから、こういうの初めてだろう?」 「あ、ああ」 「佐月さんの『初めて』を貰ったから、お代はいらないよ」  妖艶な微笑みで自身の唇を舐める真宵に対して怒りか、恥ずかしさなのか、分からない感情が渦巻いて、佐月の顔は真っ赤に染まってゆく。 「俺、俺はな。初めては嫁にする女性と決めていて……」 「じゃあ、責任をとってくれる?」  からかうように真宵に言われて、佐月は二の句が継げなくなる。  男同士で責任を取る時にはどうすればいいのだろうか。隊内でも男色を好むと噂があった先輩に立ち側にならないかと誘われたことがあったが、意味が分からなかった佐月が返事を出さなかったところ、平手打ちを喰わされたということもあった。  その後、真宵との仲を疑われることになってから、数々の女々しい嫌がらせを受けたものの、いつの間にか、隊から除名をされていた。彼が除名されてから、一連の出来事を含め、真宵に話してみたところ、自分の仕事の邪魔をしていると上層部に話があがっていたのではないかと慰められたことで、佐月も以後は彼のことについては気にしないように努めた。  隊内でも、自分達は番だと言い、見廻り時は同じ時間にさせて欲しいと嘆願してきた隊員達はいたが、佐月は彼らなりの冗談だと思っていた。  もしも、冗談でなく、本当だとしたら、真宵に接吻をしてしまった責任をどうすればいいのかと、彼らに聞いてみた方がよいかもしれないと真面目に思案し始めた佐月に、真宵は笑って悩みを吹き飛ばした。 「冗談だよ、佐月さん。あんたは初めてはお嫁さんと言ってるけどね。早々、男で初なのを相手にくれる嫁さんも少ないよ? 相手に恥を掻かせでもしたら、あんたなんて一生、押し入れに引きこもって生活しそうだし」 「そ、そんなことは」  そんなことはないとは言えない。仕事にだけ一途なこともあり、まだ見ぬ嫁に愛想を尽かされて、形だけの夫婦となることが簡単に想像出来てしまって、佐月は咳払いをする。 「筆下ろしを俺がしてあげてもいいけれど。未来のお嫁さんの為に、取っておいてあげようね」 「あ、ああ」  真宵の言葉に頷いたのはいいものの、納得がいかない部分もあって、聞き返そうとしたら、彼が唐突に話題を変えてしまう。 「それにしても、本当に、佐月さんは御上大好きっ子だねぇ。御上の為にも部下の眼鏡を早く、直したいだなんて」 「あ、ああ」  後輩を可愛がっていると揶揄われるのが恥ずかしくて、眼鏡を直して貰う理由に御上のことを伝えたが、真宵はその理由には呆れていたようだ。  疲れたように自分の肩に手をやり、擦る。 「お前でも疲れることがあるんだな」  佐月は彼の後ろに回ると、真宵の肩を揉みほぐしてやる。 「佐月さんのみてないところで、私は案外、忙しいんだよ」  からかうように言うと、真宵は思い出したように、佐月に問いかけた。 「前から、不思議に思っていたんだけれど、どうして、佐月さんはそんなにあの人が好きなんだい? 町の人達は御上を男だと思ってるけれど、もう高齢のば……」  真宵の言葉に佐月は慌てて、彼の口許を塞いでしまう。 「ば、馬鹿者。誰が聞いているのか、分からないだろう‼︎」 「みんな自分たちが生きるのに精一杯で、誰も空の上のことまで、気にしてないと思うけどね」  真宵のいうことも佐月には分かる。町人が雲の上の人とする御上は、高齢の女性だと言われている。佐月自身も御簾越しにしか、対面したことがないが、姿が見えない彼女の言葉に重みを感じて、より一層、隊務に励もうと思ったのだが、彼は違うのだろうか? 「真宵は御上のことをどう思っているんだ?」 「私? 私はあの人のことを恐いお人だなと思うよ。所詮、私達なんて、彼女の手の平の上で、都合のように踊らされてるだけじゃないかって思うばかりだしね。どうせ誰も、あの人の手からは逃れられない。気づかない内に羽を毟られているのさ」 「真宵?」  言い過ぎたと思ったのか。真宵はあえて元気な素振りを見せると、部屋の蝋燭の灯りを吹き消してしまう。 「佐月さんはあの人のことが好きなんだから、私の言ったことなんか、気にしなくていいよ。ちょっと飲み過ぎのかもね。酔っ払いの戯言なんて、聞かなかったことにして」  暗闇の中だからこそ、彼がどんな表情を浮かべているのかが、分からない。ただ、その言葉に苦渋に似たものを感じて、佐月は頷くしかなかった。 「あ、ああ」 「今日は人恋しい気分だから、一緒に眠ってくれるかい?」 「……お前は寝相が悪いからな。俺を蹴り飛ばすなよ」 「心得た」 「隊長〜!」 「……今度は何をやらかしたんだ、田崎」  彼が自分になにかを報告するときは、大抵、厄介ごとしかない。 「えっ。俺、なにかしました?」 「俺が聞いてるんだが」 「? いや、最近、隊員たちの間で流行っていることがあるんですが、鈍い隊長は知ってるのかな? って親切心から声掛けただけです。俺ってば優しい〜」  佐月は何も言わずに田崎の背後に立つと、彼のこめかみを両手で握り拳を作るとぐりぐりとする。 「い、痛いです! 痛いです! 隊長‼︎」 「俺なりの按摩だったが、お気に召さなかったようだな」 「……酷いです〜」 「流行に疎くて悪かったな。それで、なにが流行ってるんだ?」  市井の間で流行りになっていることが、後々の揉めごとに繋がることもある。田崎は返事をせずに佐月の手をとった。 「善は急げです。鈍い隊長殿を案内します」 「た、田崎、手を離せ」 「真宵さんと隊長は恋仲じゃないんですよね? 隊長が迷子になったら大変じゃないですか」 「男同士で手なんて繋いでいたら、目立って仕方がないだろうが‼︎」  佐月の言い分に『それもそうですね』と田崎はあっさりと手を離す。田崎が連れてきたのは一軒の小間物屋だった。 「これはこれは、隊長様。本日はどういったご用件で」  店員が軒先から二人のことを確認したのだろう。店主が出てきたことに佐月は田崎の背を突く。 「最近、町人達の間で流行ってる品があると聞いたんですが」 「ああ、これですね」  店主は一本の簪を棚の中から出す。各々の紋が入った簪は犯罪に利用されるようには思えない。 「『紋入り簪』って言って贔屓の役者や好きな男性の紋を入れるのが流行ってるんですよ」  田崎が軽く、自分の腕を小突いたのは、真宵に佐月の紋入りの簪を買ったらどうだ、という気配りだろうが、それよりも佐月は今ではあまり、流行ってはいないだろう[[rb:笄 > こうがい]]に目を留めた。 「店主。これは?」 「『両天差』ですね。結った髪に両横から挿し込む簪です。最近の売れ行きが芳しくないので、隊長さんが買ってくれるならおまけしますよ」  佐月が店主から渡された笄を手に取ると、一方が刀の鞘みたいになっている。前々から真宵が自身を守るために懐刀を渡すかと悩んでいたが、婚礼に女性が持つことで意味合いを勘違いされないかと、佐月は購入を踏みとどまっていた。これならまだ自分を納得させられる気がして、佐月は店主に金子を渡す。 「まいど‼︎」  店から出ると田崎は頬を膨らませて、佐月をじと目で見た。 「もぉ、隊長ってば、もっと値切ればよかったのに‼︎」 「この金額でも儲け物だぞ?」 「あそこの店、きっと隊長のお抱えの店って張り紙を出しますよ。最近は笄の売れ行きも乏しいですし」 「別にいいじゃないか」 「隊長って取り締まる以外は甘いですよね。あれっ?」 「どうした?」 「真宵さんに似ている人がいたんですけど。きっと俺が真宵さんに会いたいっていう白昼夢ですね」 「だな」  この道の一本、路地裏を抜ければ、治安も良くない場所に出る。真宵がそんなところに行くこともないだろう。 「隊長」 「なんだ、田崎?」 「簪。真宵さん、喜んでくれるといいですね」 「ああ」  田崎と軽く、見廻りをしたあとに、彼の勧めもあり半休を取った為、家へといつもより早く帰った佐月を待っていたのは明らかに不機嫌な真宵であった。  ただいま、の挨拶をしても返答はなく、無視をされた佐月は何が彼を怒らせたのかが分からない。世の夫婦なら倦怠期というやつかもしれないが、自分たちには当てはまらないだろう。 「……佐月さん。正座」  常よりも低い真宵の声に、佐月は彼の前で正座をする。 「浮気したって?」 「浮気?」 「惚けるんじゃないよ! お宅の若い隊員のいちゃいちゃしながら小物屋で簪を仕事中に見てたっていうじゃないか」 「……誰から聞いたんだ⁉︎」  田崎と小物屋に行ったのは、つい先刻のことだ。情報の伝達の速さに恐ろしくなる。 「長屋のおかみさん達から聞いたんだよ!」 「ご、誤解だ‼︎」  まるで浮気をした男のような言い訳をして、佐月は懐から彼の為に買った笄を取り出した。 「お前の為に買ったんだ」  真宵は簡易な包装を破ってしまうと、目を瞬きさせる。 「私の?」 「ああ。調査の為にも行ったんだが、お前に似合うと……」  真宵に物を渡す恥ずかしさもあり、佐月の言葉は尻つぼみになってしまう。真宵は笄を愛おしそうに握ると、佐月に笑った。 「滅多にしない野暮天からの贈り物なんて、浮気亭主が妻のご機嫌取りをしたみたいだね」 「そもそも、俺たちは夫婦でもないしな」 「ちょっと、からかうつもりが驚かされたよ。ありがとう、佐月さん」 「つけないのか?」 「せっかくの佐月さんからの贈り物だ。大切な日につけるさ」 「やっぱり、俺の白昼夢じゃなかったんですよ!」  田崎の言葉に、他の隊員一同は彼の言葉を笑いで迎える。  見廻りを終え、隊に戻ってきてばかりの佐月は彼の話が気になって、声を掛けてみることにした。冗談のような話であっても、小さなことだと見過ごしていて、後々、厄介な事件に発展することもあるからだ。田崎は佐月の顔を見るなり、すり寄ってきた。 「酷いんですよ! 佐月隊長!」 「分かった。分かったから、一々、腰に抱きつくな。田崎。お前は何をみたんだ?」 「あのぉ、隊長。真宵さんって、双子か女の姉妹でもいるんですか?」  佐月の軍服で涙に濡れた顔を拭いつつ、田崎の言いにくそうな言葉に佐月は首を傾げる。  真宵は自身のことをあまり触れられたくないのが分かっていたからこそ、佐月は家族や彼自身の出生に関して、踏みこんだ話をしたことがなかった。佐月が真宵のことで知っていることは少なく、繊細な外見の割にものぐさなことと、意外に頑固なことくらいだ。 「それか、実は女装癖があるとか……」  佐月の渋い顔をみたせいか、おちゃらけた様子の彼は真面目な顔を戻すと、佐月に畏まって大礼をする。 「前にも、俺、闇市付近で真宵さんに似た人を見たって言いましたよね? やっぱり、真宵さんに間違いありません」 「あいつは、[[rb:昼行灯 > ひるあんどん]]でも一応、御上公認の眼鏡職人だぞ?」  闇市は御上が公認されていない眼鏡や違法なものばかりを取り扱っており、自分達が検挙をすると蜘蛛の子を蹴散らしたように痕跡も残さない人間達の集まりだ。場を取り仕切っている首領となる人間の手際がいいのか、滅多にしっぽを彼らは出さなかった。  隊の人間が見廻り、割った眼鏡の数々も、おおかたは闇市の品ばかりである。最近は、売られている眼鏡の性能もあがってきている為、検挙をしていても、闇市かそれ以外の眼鏡かを区別がつけられない隊員も増えてきている。 「お、俺だって、真宵さんがあんな汚物にまみれた場所にいたなんて、信じたくないですよ。嘘だと思うのなら、俺と一緒に来てください」  彼に手を引っ張られて、佐月は渋々、手ぬぐいで口許を覆いながらも、闇市に訪れる。  今日はまだ、自分達が潜入しているとは、彼らは気づいてはいないようだ。気がついてはいるが、自分達くらいは大したことがないと舐められている可能性もあるが。目の端に映った眼鏡を確認してはみるが、市場に出回っているものと変わらないものが増えてきている。   改めて、隊の見廻り組の教育を徹底し直さなくてはならないと、佐月が思った時だった。田崎が、佐月の服裾を引っ張る。 「ほら、彼処です」  そこには女性の姿をして、屈強な男達へ指示を出している真宵の姿があった。田崎は彼の姉妹じゃないかと言っていたが、あれは紛れもない本人だ。  夕焼け空にも似た鮮やかな赤色に目が霞む。絢爛な刺繍で縫われた着物を遊女のように纏った彼は耳打ちでもされたのか。佐月たちの方向を見ると、彩られた唇をふわりあげた。  彼が佐月たちの職業を知らない筈はないのに、慣れた様子で男達を制してふたりの元に訪れる。 「こんにちは。佐月さん」 「ま、真宵。お前、どうして」 「どうして? だって、これが、私の真実だから」  真宵が手で口笛を吹くと、彼の後ろに強面の男達が勢揃いをする。田崎が刀を抜こうとしたが、佐月は彼を手で押し留めた。自分の腕なら彼らくらいは圧倒できるだろうが、何にしろ、今は此方の分が悪い。  他の闇市の商人達も自分達に気がついて、この茶番を見守っている。 「反朝廷のね、組織って聞いたことがある? 佐月さん」 「ああ。なかなか、顔を出さない……真宵、お前っ!」 「そのまさかさ! どうして、自分達の情報が簡単に筒抜けになるんだろうと、不思議に思ったことはなかった?」  真宵は惜しげもなく、衽を腰までたくし上げると、太ももの内側を佐月へと見せつける。内側には蜘蛛に囚われた黒揚羽の入れ墨が施してあり、この国の反朝廷組織を示す証であった。入れ墨は各々、好きなところに彫っているようだが、彼が太ももに彫りを入れたのは周囲に気取られない為でもあったのだろう。  佐月はきつく歯を食いしばる、彼も同じ御上の下で働く同士だと思って、安易に相談ごととして情報を漏らしていた自分の過ちだ。 「愉快だね。佐月さん」 「愉快だと?」 「考えてもごらんよ。私の正体を知らなかったとはいえ、佐月さんは御上を疑うことなく慕っている。そして、私はあいつを殺したい程、憎んできた」  真宵は束ねていた髪から佐月が渡した笄を抜き出すと、苦痛に歪める顔すら見せず、黒揚羽の入れ墨に突き刺刺す。まるで、蜘蛛に掠め取られた蝶々が喰われた様だった。 「腹の内を知らず、相反する私達が仲良く暮らすことが出来たって、滑稽な話だよ。ねぇ、そうは思わない?」 「……もう、戻れないのか?」 「おが屑でも入ってるのかい、その頭は。一度、壊れたものは、もう同じ形には戻らないんだよ?」 「お頭、そろそろ」 「じゃあね、佐月さん。二度と会うこともないだろうけれど、お元気で」  真宵は太腿から笄を一気に引き抜くと、佐月たちの元に投げつける。からん、と音を立てた笄を見て、佐月は彼を追いかける気力が削がれてしまう。此方を振り向きもせず、真宵が立ち去ってしまったことに田崎は佐月の両肩を揺らした。 「追わなくてもいいんですか? 隊長!!」  田崎に体を揺すられても、佐月は今、起きた出来ごとを信じたくなくて、その場に立ち留まってしまう。彼が真宵を追わなかったのは、佐月が動かなかったからだろう。 「隊長! 佐月隊長! しっかりしてください‼︎」 「あ、ああ。すまない。とりあえず、隊に戻ろう。上の判断を仰がなくては」 「……おんぶ、しますか?」  田崎なりの気遣いに佐月は軽く、彼の頭を小突いた。 「やっぱり、謹慎ですか」 「ああ。俺が上層部に掛けあったよ。みすみす、大きな獲物を逃してしまったしな」  他の隊員達は、自分を慰めてくれたが、隊からの除名や情報漏洩の咎で拘束されていても、おかしくはなかった。  真宵が朝廷組織の首領と知っていれば、自分はすぐに彼を連行できただろうか。佐月は真実を知ってさえ、彼を庇う自分が簡単に想像できた。そんな自分には紋章をつけ続ける資格がないだろう。  田崎は謹慎中の自分を見舞って、家まで訪ねてきてくれたが、佐月が空元気であることを察したのか。何か言いたげな素振りをして、顔を俯かせる。 「どうしたんだ? 田崎?」  部下にまで気遣われるわけにはいかない。佐月は田崎の様子に首を傾げる。 「佐月隊長に言うべきかどうか、貴方の顔も見るまで、迷ってました。落ち着いて、聞いてください。反朝廷の首領が捕まったという報告が、隊にも上がってきました」 「な、なんだと」 「その首領は行方知らずだった、御上の息子だったそうです。そのことを考慮して、身柄の全てを御上に委ねると、上からの指示が軍部にありました」 『気づかない内に羽を毟られているのさ』  以前の真宵の言葉を思い出して、佐月は立ち上がる。 「謹慎中の俺でも、御上に会うことは可能だったな」 「はい!」 「田崎。お前も下手したら、謹慎。もしくは、隊から除名されることになるぞ?」  佐月に肩入れをしたことで、彼の立場も危ういものになってしまうだろう。それなのに、どうして、自分に知らせに来てくれたのかと聞く佐月に、田崎は苦笑を浮かべた。いつの間に拾っていたのか。あのときは血に塗れていた筈の笄を佐月に手渡す。 「俺、佐月隊長が憧れだったんです。初めて、佐月隊長から桜の紋章を貰ったときに、いつかこの人みたいになるぞって」 「田崎……?」 「だから、俺は少しでも役に立ちたくて。俺、佐月隊長に迷惑ばかりをかけてきましたけど。少しでも、貴方の役に立ちましたか?」  そう聞かれて、佐月は田崎の頭を犬を撫でるように、力任せに撫でる。 「有り難う、田崎」 「これだけで、十分です。佐月隊長」 「真殿佐月、参りました! 御上にお目通り願いたい!!」  御上がいる御殿の黒装束を着た門番に告げると、普段は固く閉じられている殿門が厳かに開いてゆく。微かに白檀の甘い匂いが鼻を擽る。門の中に入れば、何百もの橙色の鳥居が連なっていて、相変わらず、この場だけは空気が違うことを感じる。御上の元へ行くためには千本の鳥居を潜らなければいけない。通常であるなら、一刻以上はかかるが真宵のことが心配で佐月の足は早くなる。  何度も入ったことがある場所にも関わらずに、緊張するのは、真宵がいると思うからだろうか。  地面にひれ伏すくらいに頭を下げて待っていた佐月の前に、今まで彼女に会うときは御簾越しでの対面しか許されなかった女性が頭を上げるように佐月に命じる。  玉座に腰を下ろしているのは、まるで真宵が女性になったかのように、高齢の年齢の筈なのに美しくたおやかな女性だった。  御上は扇で自分の口許を隠した。 「御簾を開いて、誰かと対面することになるなんて思わなかったわ。いつもお勤め、ご苦労様ね、佐月」 「御上! 真宵は」 「心配せずとも、貴方の探し物は、此処にいます」  真宵は佐月が闇市で出会った状態と変わらない格好で、御上の腕の中で意識を失っていた。彼の顔に無数の痣や泥に塗れていることをみると、彼女の元に来てから拷問を受けたのかもしれない。  痛々しそうな顔をする佐月に気づいたのか、御上がゆっくりと告げる。 「仕方がないわ。この子は、私においたをしたんだもの。まぁ、所詮は子供の可愛い悪戯だったけれど」  御上はにぃと真っ赤に塗られた口角がつりあがる。 「……御上と彼の血の繋がりがあることを聞きました」 「そう。この子は私の息子なの。けれど、私の重責を引き継ぎたくない、民草と同じく、眼鏡を作る生業を、仕事にして暮らしたいと我がままを言い出して。自分の夢を語る子の姿をみて、私は市井に出ることを許したわ。我が子は可愛いもの」  この国の眼鏡職人は眼鏡を作り出す時は、その名を刻む。  御上の代から変わったその制度は眼鏡を作り出すことによって、真宵の居場所を把握する為だろう。真宵が眼鏡を作らなければ、彼の居場所を把握することも御上は難しかっただろうが、真宵は自分の場所を把握され、彼女から自由を得ることは出来ずとも、夢を諦めることはしたくはなかったのだろう。  これからも真宵は彼女の存在によって、羽を毟られ続けられるのだろうか? 「……さ、つきさん……?」  薄めを見開いて自分の姿を映す真宵を見ていられない。 「ねぇ、佐月。これからも、あなたは私の為に働いてくれるわよね?」  疑問に投げかけられた言葉は紛れもなく、呪縛となる命令だ。そのまま、無言を貫いていた佐月だったが、彼女に気づかれないように、懐に手を探る。 「はい、御上。これからも貴方に忠誠を誓う為にも、ご尊顔を間近で拝見してもよろしいでしょうか?」  佐月の言葉に首を縦に振った彼女の前に佐月は近寄る。人払いをしていたのか、彼女の元に近づくことは、想像以上に容易かった。佐月は迷いなく、御上の首を狙って、彼女を突き刺した。  御上は一瞬、驚いたように目を見開くと、面白い遊戯でも見た幼子のようにあどけない微笑みをみせる。何かを伝えようとした唇が半開きのまま、事切れた。佐月の手首には彼女が握りしめた指の跡が生々しく残っている。  そのまま、ゆっくりと持っていた笄を抜くと、真っ赤に染まった手を隠しながらも、佐月は真宵の瞳から手を話した。 「さ、佐月さん。どうして……」  あんなに御上を慕っていたのにと言外に含ませた真宵に佐月は苦笑を浮かべた。 「以前、お前に口づけをされただろう」 「あ、ああ」 「お前は責任を取れと言った。だから、俺はお前への責任を果たしたまでだ」  あえて、彼から隠したのに、血にまみれた手を握りしめて、真宵はその手に縋るように額を宛てる。 「綺麗な貴方が、私なんかの罪を背負うことはなかったんだ」  瞳から涙を流してゆく真宵の雫を佐月は、汚れていない人差し指でぬぐい取る。 「それでも、背負いたいと思ったんだ。お前の傍にいたいと分かったから」 「佐月さんの覚悟が分かったから。私も、覚悟を決めるよ」  真宵は佐月の胸ぐらを掴むと、またも、容易く、唇を奪ってしまう。前に奪われた時のように軽い口づけではなく、佐月の唾液まで飲みこむような烈しさに、慣れていない佐月は息を継げない。彼ね為すがままなのも悔しくなり、佐月から自分の舌を彼へと積極的に絡めていった。  互いを欲するように、どれくらい、唇を合わせていただろうか。 「ま、真宵?」  真宵はすっかり、息が上がった佐月の顔を見ると、照れ笑いのような顔を見せた。 「佐月さんから、勇気を貰ったから、私は大丈夫。佐月さん、申し訳ないんだけど、私が『もういいよ』って言うまでは、ここで、かくれんぼをしていてくれる?」 「構わないが」 「此処は、伏魔殿だからね。佐月さんなんて、すぐに鬼に喰われちまうよ」  真宵は自分の母でもあった女性の頬を一撫でだけすると、真っ赤な血に汚れた彼女の着物を取り替える為、衣装棚から何枚か見比べて取り出すと、手慣れた様子で彼女が好みそうな柄へと着替えさせる。  彼の口から、直接、自分の母を憎んでいたとは聞いてはいたが、それにしても感情のない動きだ。人形の着せ替えをするような淡々とした対応に、佐月は尋ねようとした言葉を飲み込んだ。 「佐月さん、何か聞きたそうだね?」 「いや、俺は……」 「心を蝕まれて弄ばれる感覚って、佐月さんには分かるかい?」 「俺には分からないな」 「そういう佐月さんの正直な人柄が俺は好きだよ」 「それは、ありがとうというべきか?」  真宵の言葉が嫌みにも感じてしまって、つい尖った物言いをしてしまう佐月に彼は噴き出した。 「私の素直な気持ちだよ。どうしてかね、私の家系は両親共に健在ってことはないんだ。子供が生まれたら、どちらかが雲隠れをする呪いにかけられてる。それでも不思議なことに物心がつくまで父は生きていたんだ、刺客に襲われた私を庇うまでは」 「まさか」 「私だってまさか、だと思いたい。多分、父が私が生まれたときに亡くならなかったのは、神の采配だろう、父が私の身代わりとなる為だった。『貴方が無事でよかった』とこの人は言ったが、本当は殺したいくらい憎んでいることが分かった。それでもね。私はどんな酷いことをされようと、この人に愛されてる振りをすることが贖罪だと思って生きてきたんだ」  それ以上の言葉を真宵の口からは言わせたくなくて、佐月は彼の寂しそうな背中を抱きしめる。 「俺の汚れた手でお前を抱きしめることを、先に謝っておく。すまない」 「佐月さんは、私を甘やかすのが上手な人だね。あとは、よくある話さ。女神は愛していたからこそ、男神の両目の視力を奪った。この人は愛しい夫を私が奪ったからこそ、私が幸せになることが許せなかった」  真宵は玉座に座って目を見開いている御上の瞼を最後に自らの指先で閉じる。 「だからこそ、私は自分を虐げてきた彼女を憎んでいた。憎しみが月日と共に風化するなんてことは嘘だね。でもね、佐月さん。私にもそんな彼女の血が流れているんだ」  佐月に振り返った彼は普段、自分にわがままをいうように上目使いに見つめると、唇に人差し指を宛てる。 「佐月さん、復習だよ。私がいいよって言うまでは?」 「子供じゃないんだ、一度言えば分かる。百を数えて鬼を待っていれば、いいんだな?」 「よく出来ました。すぐに戻るから、お願いだから、いい子にしてて」  真宵が一旦、部屋から出て行くと、慌ただしい、何人もの足音が部屋の中で聞こえる。 「――様。御上が雲隠れされたと」 「老衰ということでしたが」  長年、この御殿に仕えていた人間なのだろう。真宵が誰かと話している声が聞こえる。佐月が知らない聞き慣れない名前は、真宵の真実の名前だと分かった。春日部真宵という名は、彼が自分の身分を隠す為に使っていた偽名なのだろう。 「亡骸は血筋以外の者の目には触れたくないという彼女の遺言により、私が祀った。以後は、私が彼女の代わりに御上の座に就くことになるが、異存あるものはいるか?」 「ありません」  御上の雲隠れを悲しむ暇よりも、この国の重鎮達は真宵が国を引き継ぐ準備の方を優先したようだ。国は御上が動かさないと、簡単に沈んでしまう。彼は佐月にすぐに戻ると言ってはいたが、国葬も含めた重鎮達とやりとりは長い時間を掛けて行われた。 「佐月さん、もういいよ」  ようやく、部屋に静寂が訪れると、疲れたように真宵は佐月に出てきても大丈夫だと合図をする。 「これからは俺も、お前のことを『様づけ』で呼んだ方がいいのか?」 「そんな佐月さんは気味が悪いね。今まで通りでいいよ。……これから、忙しくなるね。昼行灯も返上だ」  真宵は彼女の息子として、彼女が天命により雲隠れをしたと、世に触れを出した。いつか、自分が彼女を弑することあった時の為に、勝手に遺言状まで用意していたという周到さに佐月は驚かされてしまう。  御上から真宵へと、御代が変わったことで、落ち着かずに動く御殿の中、以前の御上同様に、彼女の跡を引き継いで御簾の中にいる真宵に違和感を感じながらも、佐月は真宵に問いかける。 「お前は良かったのか?」 「何が?」 「俺がお前直属の護衛担当となったことだ」  真宵は御上が作った直属の軍部組織を、自分の護衛の組織へと変えた。佐月は軍部の最高幹部から、彼直属の護衛になることが彼から命じられたが、佐月には燻るものがある。 「だって、私は佐月さんを見張っていなくちゃいけないもの。言うなれば、私達は共犯者だからね」  佐月は真宵の手を取ると、互いの手の平をあわせ、離れないように指を絡めあう。 「共犯者か。こうすれば、お前は逃げ出せないしな」 「やっぱり、佐月さんは初心だ」  佐月が何かを言う前に、真宵は隙をついて背伸びをすると唇を奪ってしまう。手を離してしまった佐月の首元に両手を巻きつけながらも、真宵は幸せそうに微笑んだ。 「覚悟しとくといいよ? 私は佐月さんが逃げたくなっても、もう逃す気はないからね」              
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