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侍女は身分違いの恋に悩んでおりました。
お相手は王子。
小さい時からお世話をしてきており、侍女にとって王子は弟のような存在でした。
しかし、王子にとって侍女は姉などではなく、愛する女性でした。
王子は身分相応の女性と結婚しなければなりませんでした。
侍女はそれを知っており、懸命に王子の婚約者を支援します。
二人が恋に落ちるように健気に応援しておりましたが、ある日、王子が恋心を抑えることができず、侍女を部屋に監禁してしまいます。
そうして、二人は愛を伝え合い、結ばれます。
けれども二人の間には身分という障害がありました。
王位を放棄することを考えた王子に、奇跡が起きます。
侍女は、実は十五年前に行方不明になった侯爵令嬢だったのです。
そうして、二人の障害はなくなり、結婚することになりました。
「めでたし、めでたし」
筆頭王宮魔法使いのイーライは、パンパンと手を叩き、薄ら笑いを浮かべた。
「あんた、それでいいの?」
「いいもなにも選択肢はなかったわ」
イーライに答えるのは漆黒の髪に紫色の瞳の美しい女性。
先ほど彼が語った物語の、王子の婚約者だった令嬢だ。
「あったろ。あんたが承諾しなきゃ、よかったんだ」
「できるわけないわ。殿下がアリアナと愛し合ってるのは事実だし、そんな間に入って可哀想なお妃様なんてやりたいないもの」
「確かにな。で、俺との結婚は?別にこっちは承諾しなくてもよかっただろ?」
「私が結婚すれば二人の罪悪感は薄れるでしょ。どうせ、結婚はしなきゃならないし、あなたならいいかなって思ったし」
「なんで?」
「顔もいいし、口は悪いけど、優しいでしょ?」
王子の元婚約者エルメダが微笑めば、イーライがそっぽを向いた。しかしその頬は少しだけ桃色に色づいている。
侍女アリアナと結婚することになった王子は、エルメダに別の嫁ぎ先を紹介した。婚約解消され、心が落ち着かなかった彼女だが、相手が筆頭王宮魔法使いのイーライだと知ると受け入れた。
(確か、彼はアリアナが好きだったわよね。だけど、彼も譲ってあげた。私のように)
二人の結婚は障害がなくなったとはいえ、外聞が悪い。婚約者がいながら、別の女性の手を取り、夜を共にしたのだ。しかし、王は躍起になってそれを美談に仕立てようとした。王子は彼しかいなかったせいもある。
(それに殿下は優秀だわ。よき王になると思う。恋愛脳がちょっと問題だけど、もうアリアナを手にしたから大丈夫でしょう)
エルメダは王子の婚約者になってから、アリアナを知り、その優しくて穏やかな性格を好きになった。一緒にいて心が休まるタイプの癒し系の女性だった。
王子の想いは初めから知っていたが、王族として義務を果たすと考え、婚約の話を受けた。蓋を開けてみれば、王子はアリアナにぞっこん。けれどもアリアナは懸命に彼を避け、エルメダを応援しようとしていた。
(健気よねぇ。アリアナは本当に殿下から離れるつもりだったもの。先に手を出したのは殿下。まさか、無理やり事に及ぶとは思わなかったわ)
王子はあどけない顔をした美少年だった。金色の髪に青い瞳。穢れを知らない純粋培養の王子。けれども、それはまったく異なっていた。
(まあ、このイーライと仲がいいもの。何かあって不思議ではないわよね)
イーライは年若くして筆頭王宮魔法使いに上り詰めた男だった。年齢は王子より数年上。乱暴な物言いが気に入られず、他の王宮魔法使いから距離を置かれていた。実力は本物なため、彼を貶めようとしたりする者はいなかった。過去にはいたようだが、彼がコテンパンにやっつけて、それ以来彼に手を出す者はいなくなった。
(王子があんな風に激しい方だと思わなかったわ。やはりイーライの影響かしら)
「なんだ?何かいいたことがあるのか?」
ふと彼を長く見つめてしまい、口を尖らしてイーライが抗議する。年齢の割に子供っぽく、顔は童顔のため、可愛らしい。
エルメダはそう思ったが、それを口にすると激昂するのが予想できたため口をつぐんだ。
「さて、旦那様。そんなとこにいないでご挨拶にいきましょう」
「だ、旦那様?!」
「旦那様でしょ?私たち明日結婚するんだし」
「そ、そうだが、早すぎないか?」
「1日違いでしょ?」
「そうだが」
王子が持ってきたこの縁談。
エルメダが承諾したのはイーライがとても可愛いからだった。
「いきましょう。旦那様」
「う、うん」
手を差し出すと、イーライがその手を取る。
全くのマナー違反だ。
普通は紳士が淑女に手を差し出し、リードする。そんなこともイーライは気にしない。しかし、手を重ねる行為にドキマギしているらしく、顔はそっぽを向いているが、赤くなっているのは見てわかる。
(無理に殿下と結婚して、お飾りの妃になるより、この可愛い魔法使いの妻になったほうがよっぽど楽しいわ)
「エルメダ。俺、殿下みたいに綺麗じゃないし、気が利かないけど、大切にするから」
「い、イーライ」
先ほどまでリードしていたのはエルメダ。
だけど、今は。
イーライは彼女を引き寄せると、その腕の中に閉じ込めた。
「俺、お前と結婚できるのがとても嬉しい。ありがとう」
耳元で囁かれる言葉。
エルメダは予想していなくて、言葉を返せなかった。
しかもその頬は真っ赤に染まり、体を悶えさせている。
「エルメダ」
止めとばかり、イーライはその額にキスをする。
「ど、どうして、急に」
「ほら、行くぞ。殿下に会いに行くぞ」
「え、だって、イーライはアリアナが好きだったんでしょう?」
「何言ってるんだ?」
「だって、いつもアリアナを見ていたじゃない」
「そ、それはお前を見ると物凄い照れるから、違う方向を見ていただけだ。別にアリアナを見ていたわけじゃない」
「う、嘘」
「嘘じゃない。俺はずっとお前が好きだった。お前には悪いが、王子とアリアナには感謝してる」
「あなたがそそのかしたの?!」
「そんなわけないだろ。王子自身の発案だ。俺だってまさかあんな強硬手段に出るなんて思うか。一歩間違ったら犯罪だぞ」
(一歩間違わなくても犯罪よ。王族だから許されるけど。あとアリアナも結果としてよろこんでいただろうしね)
「奥さん」
「イーライ。ちょっと早いわよ」
「お前が先に旦那様って呼んだんだろ。もう呼ばないのかよ」
「……旦那様」
「うん」
(ちょっと、その笑顔反則)
イーライは王子のように整った顔ではないが、八重歯のある可愛い顔をしている。
にこっと笑うとエクボもあって、少年のように幼い顔になる。
「殿下のことはゆっくりと忘れてもらうから」
先ほどまでの照れ屋のイーライはどこにいったのか、今度は彼がエルメダの手を引いて歩き出した。
当て馬の物語。
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