元天才の憂鬱

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元天才の憂鬱

俺は自らのことを天才だと思っていた。 いや、事実天才“だった” 魔術の名家であるエインズワース、その一族の中でも屈指の魔力を秘めて生まれてきたのだから。 俺は幼い頃から「果ては国の大魔術師になるのではないか」と周囲に持ち上げられ大きな期待を背負い、盛大に調子に乗りながらスクスクと成長した。 七つから通い始めた王都の学園でも成績は常に首席をキープ。卒業するまで誰にもその座を明け渡さなかった。 そんな俺の輝かしい花道に突如暗雲が立ち込め始めたのは十六の誕生日を迎えて直ぐの頃だった。 通常、魔力というものは成長に従いゆっくりと増幅し人によるが、三十歳そこそこでピークを迎えると言われている。 しかしどういうわけか増幅していくはずの俺の魔力は成長期が終わるよりも先に衰退し始めたのだ。 この国に生まれた人間は魔力がないと生きられない。 魔力は謂わば血液のようなものだ。 少なくなれば当然身体に異常を来すし、枯渇すれば死に至る。 その日を境に俺の体力は急速に落ちていき体調も日毎悪くなった。 俺は齢十六にして己の死期を悟ることになったのだった。 恐らく俺は二十五まで生きられないだろう。いや、もしかしたらそれよりもっと早く、 通常なら人生を悲観するところだが、俺が重要視したのはそんなことよりも自らの体裁だった。 とにかく弱体化をどうやって誤魔化すか。 俺のプライドはこの国で一番標高の高いプルデギプス山よりも更に上だ。そんなプライドプルデギプスの俺が周囲の期待を裏切って「魔力が衰退して来たんスよ~~」何て告白出来るわけがない。理由は序でにもう一つ。 「……オイ、テメェ」 背後から掛けられた低い声に内心で舌打ちをする。 まあ俺の名前はテメェではないので勿論無視だ。が、振り向きもせず歩き出した俺が気に食わなかったのか腕を掴まれそうになったので仕方なく足を止める。 「ヴァルター……」 振り返った先に立っていたのはヴァルター・ガルド。 エインズワース家と双璧を成す名家の子息。 因みに学生時代、一度も俺を抜けず次席をキープし続けた可哀想な奴。フ、せいぜい俺と同じ時代に生まれたことを恨め。 と、調子に乗ってられた日々が今は懐かしい。 俺の未来がなくなった今、この国のトップに立つのは確実にこいつだろう。それ程までにこのヴァルターという人間は凄まじい。中身は勿論、外見までもが。 噂じゃ王都中の貴族のお嬢さんやはたまた国の王女までもがこいつに夢中だという。そんなアホな話があるかと馬鹿にしていたがそれも強ち間違いではないのかもしれない。 太陽の光を跳ね返す眩い金糸の髪とギラギラとしたエメラルドグリーンの瞳を持ったとんでもない美形。 派手過ぎるだろ色彩が。俺なんか黒髪黒目だぞ。 俺が主に魔力のみで魔術を展開するとしたらこいつは武闘と魔術の両刀だ。ムカつくことに俺は剣術と体術でこいつに勝てた試しがない。噂では先日行われた剣術の大会で最年少で優勝を決めたらしい。今はまだ俺の方が魔力の総量で勝っているがそれもいつまで保つか。 ヴァルターの魔力は俺と違い、日毎増幅しているようだし恐らくあと一年くらいで俺はこいつに抜かれるだろう。 俺とヴァルターはライバル関係と認識されているらしく周囲からも「二人の将来が楽しみだ」何て言われていたくらいなのに、それが何故俺だけこんなことに。ド畜生。ムカつく。禿げろ。 学園にいる間にヴァルターと共に繰り広げた幾多の競争を俺は持ち前の魔術を駆使し、ギリギリで躱してきたのだ。その俺がこいつに抜かされるだと?想像するだけで悔しさで身体中の血液が沸騰しそうだった。 「何か用か?あるならさっさと言え。ないなら死ね」 俺の高圧的な物言いなど何処吹く風、ヴァルターは一瞬逡巡したが真っ直ぐに俺の眼を見据え口を開いた。 「お前は本当に王宮入りするのか?」 ヴァルターの発言に知らず眉間にシワが寄る。 王宮入り、王宮入りね…。たしかに俺の魔力が衰退の一途を辿らなければ王族専属の魔術師として悠々自適に暮らすという選択肢もあったかもしれないが今となってはそれは無理だ。 いつ死ぬかもわからないのにそんな危ない橋渡れるか。一年後二年後に急に魔獣の討伐をして来いなんて言われてみろ、俺はとんでもない恥を晒すかなんならそこで命を落とすぞ。 「俺は魔術師にはならん。母上と同じく王宮付きの文官を目指す」 俺のその言葉にヴァルターがゆっくり息を飲む。何だこの野郎。文句あんのか。 まあヴァルターがドン引くのも無理はない。 何故なら王宮に属する文官ほど狭き門はない。 王宮の文官は国政に関わる書類を纏めたり法案のミスがないか、不備はないかと確認するのが主な仕事である。他国との関係、内戦の有無、上からの決裁をまとめ記録するのも文官の仕事だ。王都で起きた事件も把握しなければならない。他にも仕事は様々。求められるレベルが尋常じゃなく高いのだ。 そんなわけで生半可な頭脳や知識レベルじゃ試験を受けることさえも許されない。 俺の母親はそんな王宮付きの文官だった。 「……そうか。俺は士官学校に行き王宮騎士を目指す」 別にお前の進路なんか聞いてないんだが。というかこいつも大概デカイこと言うな。 王宮騎士と言えば国の花形である。実力があり家柄も良く、序でに見目麗しくないと就くことが出来ない何て噂もある選ばれし人間の役職である。 ま、こいつなら余裕か。認めたくないが。 「フン、貴様とこうして顔を突き合わすのもこれが最後かもな」 こいつが無事士官学校卒業した暁には俺はとうに魔力が尽きて死んでるかもしれないしな。 そんな俺の言葉をどう受け取ったのかヴァルターの薄い唇がゆっくりと弧を描く。もしここに貴族や街のお嬢さんがいたなら黄色い悲鳴を上げて卒倒していただろう野性的で、そして美しい微笑みだった。 ……つーかこいつ笑えたのか。 そんなヴァルターに応戦するかの如く俺も小さく笑みを浮かべそのまま踵を返した。因みに俺の薄笑いはヴァルターのなんか意味ありげな微笑と違いまじで何の意味もない。対応に困ったから笑って誤魔化しただけだ。 しかし再会するとしたら最低でも三年後か?多分俺死んでんだろ。よくて寝たきりか。 こうして大して仲良くもなんともない俺たちの袂はアッサリと分かったのだった。 そしてあっという間に三年通り越して五年後。 驚く事に俺はカスカスの魔力に縋り付きながらしぶとく存命していた。我ながらゴキブリ並みの生命力。 魔力はなくともはったりだけは得意技だ。俺はちゃっかり、じゃなかった。無事、文官の職に就き序でに王立会議に出席出来るほどのスピード出世を果たしていた。 俺なんかよりもっとすごいのがヴァルターである。 この国は強さこそが序列になる。ヴァルターは今や王家直属の近衛騎士でありそれを統率する軍のトップである。 こいつは何というか……成長し過ぎた。 月に一度会議の場で顔を合わせるがオーラというか魔力?何だ?何か色々凄すぎて同じ空間にいるのがキツイ。それでなくとも俺は死にかけだというのに。二年前に久しぶりに顔を付き合わしたがその後まともな会話は0に近い。 役職の内容も違い過ぎるし、元々友人同士という気安い仲でもないので話すこともない。というかもしそんな機会があっても話してる間に俺は失神すると思う。 そう、俺の魔力は順調に衰退の一途を辿り五年経った今枯渇ギリギリである。つまりエブリデイ今際の際。もういつ死ぬか俺自身もわからん。 というかこんなカスみたいな魔力の俺がこの会議に参加出来てるのも謎である。何で誰も異を唱えない?死にそうで可哀想だから見て見ぬ振りして放置してるのか? 最近の俺の姿は怪しいを通り越してただの不審者である。魔力封じの漆黒のローブで頭まですっぽり覆い隠して誰にも姿を見られないようにしている。 魔力封じとは勿論俺の魔力ではない。というか封じるほど魔力が残ってない。このローブは内側の魔力もだが外からの魔力も通さない。強過ぎる他人の魔力は俺にとって毒でしかない。そして最悪なことにこの王宮には毒みたいな連中つまり魔力量が凄まじい奴ばかりだ。ヴァルターなどその筆頭である。 俺は今日も眩暈と吐き気と戦いながら会議に参加する。確実にこの会議こそが俺のカスカスの寿命を更に縮めている。 今日の会議の議題は最近国境付近に出没している魔獣の討伐についてだったが俺はそれどころではなかった。 何というか……、死にそうだった。 毎日死ぬと思っているが今日はまじ。まじで死ぬ。 若くして魔力の枯渇で命を落とすなど前例がない。どうやって死ぬんだろうと考えていたが案外苦しいものらしい。段々と呼吸が浅くなって鼓動がゆっくりになるのが自分でわかった。 ええい、こんな人前で死んでたまるか! 俺は会議の途中だが最後の力を振り絞って立ち上がった。 「火急の用を思い出した。申し訳ないが失礼する」 久しぶりに出した声は弱々しく、音になっていたかももうわからない。死ぬ、死、……ヤバイ死ぬ場所とか全然考えてなかった。まずいこのままじゃ王宮の廊下で死ぬことになる。嫌すぎだろ。周りが。 「レティシア」 そんな必死な俺を邪魔する奴が現れた。 ヴァルターである。 おまえええ俺をここで殺す気かああああああ ヴァルターは会議室を後にしようとする俺の腕を掴んで止めようとした。が、 「ッ……!!」 ヴァルターに掴まれた腕に焼け付くような痛みが走り俺は思わず動きを止めた。 その拍子にパサリとフードが落ちてモロにヴァルターの魔力を受け止める。受け止めるって対峙しただけだが。だが今の俺にとってそれは自殺行為に他ならない。 ヴァルターの眼が驚愕に見開かれる。最近まともに鏡を見てないから自分の容姿がどれほど酷いことになっているかわからない。 グラリと身体が傾ぐと同時に景色がブレた。 これは……転移魔法、か? 誰が?俺なわけがない。となるとヴァルターの……、 俺の意識があったのはそこまでだ。ヴァルターが発動した転移魔法と同時に俺の意識はブツリと途切れたのだった。
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