嗚呼素晴らしきこの世界

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嗚呼素晴らしきこの世界

翌朝、否昼まで身体を貪られ魔力を注ぎ込まれ気を失い結局次に目が覚めたのは翌々日の朝だった。 そこで俺は早速魔力の素晴らしさを実感する。 ここ数年止むことのなかった割れるような頭痛も迫り上がるような吐気もない。 日の光に眩暈を覚えることもなければ動悸に蹲ることもなかった。 「オイ、最高じゃないか」 豪華な調度品が其処彼処に置かれた恐らくヴァルターの私室に既にその姿はなかった。まあ自らの職務でも全うしているのだろう。好都合だ。 勝手にバスルームを借りて、汗と……精液を流しヴァルターのクローゼットからシャツを一枚拝借する。サイズが違うが致し方ない。スラックスは、これはサイズが違い過ぎるか。チッ忌々しい。 部屋を見渡せば椅子の背に掛けてある自分の服を発見した。隅々まで検分したがどうやら着衣のまま事に及んではないらしいのでこれでいいかと身に付ける。 絶倫野郎ことヴァルターは毎日魔力供給をするなどたわけたことを言っていたが身体を巡る魔力の感覚からして2、3ヶ月はその必要はなさそうだ。まあ毎日だなんて現実味がない話だしな。 俺は完全に開き直っていた。数年ぶりに体調が良く清々しい気分だったからかもしれない。 もう魔力封じの暑苦しいローブも着る必要がないのだ。世界とはこうも明るいものだったか。 フン、ヴァルターめ。まさか他人に吹聴などしてないだろうが一応釘を刺していた方がいいか?しかし何だか全てがどうでも良く些細なことに感じる。 「……腹減ったな。て、え?」 俺は数年ぶりに空腹を覚え、自らの体の変化に目を見張った。 腹が減る、そうだ。健康な人間は腹が減るのだ。空腹を上回る吐気と胃痛に苛まれる日々にそんな当たり前の事実を忘却していた。 昨日までの俺は金にモノを言わせて高価な回復薬や、唯一嘔吐かず胃に入れることが出来た極東の島国の料理を自ら調理して食べていた。体調を壊して初めて気付いたがこの国の料理は意外に油っぽいし重たい。あと香辛料がキツく胃に負担が掛かる。健康な時には何も思わなかった。 「……食堂でも行くか」 利用したことはないがまあその辺にいるやつにシステムを聞けばわかるだろう。 切る余裕もなく伸ばしっぱなしになっていた髪を雑に纏め上げ、俺は意気揚々とヴァルターの部屋を後にした。 食堂は大層な賑わいを見せていた。なるほど今はちょうど飯時か?時間の感覚がよくわからん。 ほービュッフェ形式か。確か王宮に仕える人間は金がかからないんだったな。 何故だろうか先程から周囲の視線が痛い。まあ文官が此処に来るのは珍しいからな。武官の奴等は喧しいし荒っぽい。 「あああああの、まさか、レティシア様ですか……?」 俺より一回りはデカイ身体の男が恭しく俺に尋ねてくる。何だ人を妖怪みたいに。まあ顔を晒したのは数年ぶりだし死んだと思われていても不思議ではないか。気付けば周囲がシン、と水を打ったように静まり返っていた。 「……失礼、この食堂はまさか武官専用だったか?」 俺が死に掛けてる間にシステムが変わっていてもおかしくはない。とは言え俺は数年ぶりに空腹何だ。飯くらい食わせろ。責任は全てヴァルターが負う。 「めめめめ滅相も御座いません!!!俺がトレイを持ちます!お好きなものを仰ってください!!」 「飲み物をお持ちします!何がよろしいですか?!」 「こちらの日当たりのいいお席にどうぞ!」 何だ、上司(ヴァルター)に似ず中々気の利く連中じゃないか。 俺は体調の良さも相俟って楽しくなり久方ぶりに心の底から微笑んだ。 その瞬間喧しかった筋肉ダルマ達が再び押し黙る。フ、俺の笑顔がそんなに物珍しいか。まあ俺は学生時代陰で鉄仮面と言われてたくらいしかめっ面がデフォルトだったから無理もない。 だけど今は気分がいいのだ。周りは恐ろしいだろうがこんな日くらい笑ったってバチは当たらないだろう。 「どうした?俺の好きなものを取ってくれるんだろう」 まあそこまでは言われてないが。 「ひ、ひゃい!!」 デカイ男が顔を赤く染め額に汗を浮かべ、どう見ても様子がおかしいが普段関わらない高位の文官と接して緊張でもしてるのだろう。俺は直属の上司じゃないから叱りつけたりしないというのに。 「これは何だ?」 「それは白身魚を揚げてるものですね!甘辛いソースと絡めて食べると美味しいですよ!」 「では、それを頂こう」 「レティシア様!今朝とれた果物を絞ったフレッシュジュースはどうですか??」 「ありがとう」 「レティシア様!こちらはですね、」 こうして俺の前には手ずから何かをするでもなく沢山の食事が並んだ。 来る前には一人でひっそり食べようくらいに思っていたが予想外に賑やかな朝食?時間的には昼食か?になりそうだ。 が、そんな和やかな食卓がある人物の登場によりガラリと空気を変えた。 「レティシア、お前こんなところで一体何をしているんだ?」 空気を震わせるような低く甘い声に俺でなく、俺の身体がゾクリと反応する。が、無視無視。気のせい気のせい。 「わざわざ食堂に足を運んで食事以外に何をやるというんだ?」 暗に馬鹿か?と含みを持たせた俺の物言いに王宮騎士のトップ、ヴァルターは小さく舌打ちをした。その瞬間食堂の温度が冗談ではなく二、三度下がった。 なんでこいつはこんなに機嫌が悪いんだ。面倒くさい。 ヴァルターの登場により俺と同じテーブルについていた騎士連中が「急用を思い出しました」「急に体調が」「やらなければならない仕事があったんだった」等適当なことを言って蜘蛛の子を散らすように退散していった。 「……何だお前部下にも嫌われているのか?」 「にも、とは何だ」 憮然とした表情のヴァルターがそのまま踵を返そうとしたので待ったを掛ける。 「丁度いい。食事に付き合え」 「あ?俺は休憩何て取ってる暇はない」 「暇もないのに食堂に来る馬鹿がいるか。大体、病み上がりの俺が一人でこんな量食えるわけないだろ」 「チッ、クソ」 悪態を付きながらもヴァルターは向かいにドカリと着席し俺の前に並べられた食事を次々と口に運び出した。中々、いい食いっぷりだ。 いつの間にやら食堂には俺とヴァルターの二人きりになっていた。 こいつ、部下からどう思われているんだ?少々心配になる。
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