暴風雨

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暴風雨

「な、納得出来ません!!何故第二騎士団の予算が半分も減らされなければならないんですか?!」 「何故?寧ろ今迄あれ程の額を貰えていたことが不思議だ。私の管轄外と言えばそれまでだがあれで通していた文官側にも責任がある。代表して謝罪しよう。申し訳ない」 「…ッ!ば、馬鹿にして」 「計上もせず何に使用したか用途不明な金額が幾らあったか把握して物を言っているのか?ならば何の理由があって何の為に使用したか一から説明したまえ。私が納得出来たら前年と同じ額を組んでやる」 「ぐっ……」 幾許かの休暇を経て復帰したレティシアは王宮に関わる綻びを一から見直し、気になる箇所を地道に調べ上げ全て洗い直した。結果用途不明の支出や雑費、計上漏れ等様々な無駄が出て来て今に至る。 舌戦でレティシアに勝てる人間などいない。ティムは蛇に睨まれた蛙のように二の句を継げないでいた。予算を削ると言い渡されたのは勿論第二騎士団だけではない。しかし多少強引なやり口だとしてもこの会議でレティシアの納得行く意見を出せ、且つ説き伏せる材料を持った人間は存在しなかった。 ただ一人を除いては。 「無駄が見つかったとは言え、元を辿ればこの予算を初めに組んだのは文官側だろう。それをいきなり半分削るなど些か乱暴過ぎるんじゃないか?」 レティシアに噛み付いたのは意外と言えば意外、だがこれまでの二人の軋轢を踏まえればこれ以上納得出来る相手はいないだろう、第一騎士団団長および王宮騎士のトップ、ヴァルター・ガルドだった。 して、元を辿ればというのが果たして何年前まで遡ることになるかは不明だが、レティシアの照準が発言者のヴァルターへと合わせられる。何の感情も映さない濃紺の眼差しが真っ直ぐヴァルターのエメラルドグリーンの瞳を射抜き、そうして微かに眇められた。 会議の場がブリザードが吹き荒れているかの如く重く冷たい空気に包まれる。 「ハッ、乱暴だと?乱暴なのはどっちだ。聞けば武官は文官側の内務調査を粗野な対応で突っ撥ねていたそうだな。貴様は仮にも武官の代表だろう?何を他人事のように涼しい顔で座っている。地面に膝をついて申し訳ございませんでしたと許しを乞うことから始めろ」 「随分な物言いだな。お前の部下は優秀かもしれんがお前自身は何年も放置しておいた案件だろう。その分際で今更やり直すから言う事を聞けとは虫のいいことだ」 「膿が出切るのを待っていたと、そこまで言わなければ貴様の小さな脳味噌じゃあ理解出来ないか?」 ……本当にこの二人は結婚の届けを出したのか?決闘の届けの間違いでは?? 甘い空気など一ミリもない、寧ろ会話のなかった以前の方が遥かにマシと思える程話は平行線を辿り、結局決着のつかないままにその日の会議は散開となった。 大人しく着席しているだけで体力を消耗した会議参加メンバーはよろめきながら一人、また一人と部屋を後にする。 第二騎士団団長のティムは軽い頭痛を覚えながらも先に部屋を出たヴァルターの後を追うことにした。勿論次の会議までの対策とやはり予算のことについて意見を聞きたいとの理由でだ。小走りに部屋を出て、しかし武官の執務室に続く回廊にヴァルターの姿は見当たらない。 「騎士団長殿なら資料室に向かうと言ってたが」 ダンの言葉にティムは「さすが団長!過去の資料を調べて次の会議に挑む気でおられる!」と軽やかな足取りで資料室がある塔へと続く渡り廊下を駆け、漸く目当ての長身を視界の端に捉えた。しかし駆け寄ろうとした寸でのところでピタリと足を止める。普段全く人気のない薄暗い廊下を進んでいたのはヴァルター一人ではなかったからだ。ヴァルターが進む先に揺れる黒髪、レティシア・エインズワース。ティムは思わず息を呑んだ。 (団長はまさか先程の会議の報復に出るつもりでは?) ティムの脳内では二人が婚姻を結んだという話はすっかりなかったことになっていた。ただ仲の悪い二人が目撃者のいない場所で合間見えようとしている。ティムの背筋に冷たいものが流れ落ちる。止めるべきか、否か。いや、止められるわけがない。二人はこの国の魔力保持のツートップだ。そうこうしてる内にヴァルターの腕が先を歩くレティシアの腕を捕らえ、そのまま殴ーーーーーーーー…… 「え」 思わず顔を背けようとして、しかし刹那視界に飛び込んで来た映像が信じられず間抜けな声が出た。 薄暗い廊下の影でヴァルターがレティシアを掻き抱き、壁に押し付け舌を絡めながら幾度となく口付けを交わしている。 「ッ、何を盛っているこの、バカ」 「お前も興奮しているくせに」 「ぁ、」 ティムの思考回路はショートして、それでも身体だけは無意識に動いていた。気配を消し、ゆっくりと後退り確実な距離を取る。ここに居てはいけない。それは生存本能に近い感覚だった。国家を揺るがす機密情報を知ってしまったかのような、寧ろその方が幾らかマシだったかもしれない。バレたら消される。ティムは会議で交差したレティシアの冷たく、そして苛烈な眼を思い返し身震いした。十分に離れて音もなく踵を返し全力疾走で自室に戻る。心臓が早鐘を打って手の平は冷や汗でじっとりと湿っていた。 厳格で誇り高く何処か潔癖な雰囲気さえあったヴァルターが勤務中に盛っているのも驚いたが、それ以上にあのレティシア・エインズワースが大した抵抗もせずそれを受け入れているのにもっと驚いた。 何人にも侵されぬ王室の紋章入りのスタンドカラーが乱され白い肌が覗……いや、これはきっと覚えていてはいけない記憶だ。ティムは頭を振って正気に戻ろうと努力する。しかし鼓膜の奥でいつまでもレティシアの艶めかしい声が木霊して簡単には消えそうにない。 ティムは穏やかな好青年だ。若くして第二騎士団の団長の座に着けたのは勿論実力もあるが、その人柄からか他薦がかなり多かった為でもある。 そんなティムが壁に拳を打ち付け、悪態を吐いたかと思えば頭を抱え唸り声を上げている。その姿はかなり周囲の目を引いたが、それほどまでに今日の会議でストレスを受けたのだと周囲は勝手に納得し、そして同情したのだった。
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