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花冷えの再会
俺のような中学生の春休みも後半戦だ。
三月ももう終わるらしい。
花冷えの時期に降る雨は、ただでさえ面倒な外出を億劫にさせる。
だが夕食の餃子に使うタレとポテトサラダに使うマヨネーズが無いとなれば話は別である。俺は慌てて長靴を履き、傘を差して出掛けた。
スーパーに着いた。
俺にとって桜の開花ほど虚しいことはない。
もうあいつは転校したのだ。
かごを持って餃子のタレを入れた。
マヨネーズも簡単だ。
あとは、おつかいの報酬であるお菓子だ。
ここはチョコ? スナック? グミとかキャラメルだろうか?
甘すぎるのは気分じゃない。
塩気がほしいなんて、ビールに群がる親父たちのようでださい。
「ここは久しぶりに指に付けて食べるやつだ」
と尖がったスナック菓子であるそれに手を伸ばしたときだった。
ブラックホールに吸い込まれるようにして手が引き込まれる。
……あたたかい。
柔らかい。
え?
「ねえ、どうしよ?」
女の子だった。
というか転校するはずのあいつだった。
母親譲りの長い金髪と碧眼、女子にしては背が高く脚も長い。
お人形さんみたいな人だ。
「どうして」
「あー、やっぱそういう反応だよね。ねえ、どうにかできないかな。助けて、キョウヤ」
「コウメさん?」
「私、転校しないことになったの。父さんの海外転勤が白紙になったから。けど、お別れ会まで盛大にやってもらってて、新学期に何事もなく登校できない。私、嘘つきになっちゃう」
「そうかな? 海外転勤なくなったって正直に言えばいいと思うけど」
「私もみんなもお別れ会でいっぱい泣いたし、これからどうするっていうのッ!」
飛び跳ねるようにして身体を前に突き出しながら、コウメさんは怒るように言う。
俺は何も言えなくなってしまった。
「助けて、キョウヤ。私が何事もなかったように戻れるようにして」
「え?」
「いいでしょ?」
コウメさんはスマホを見せてきた。
それを見て驚いたが、平常心を装って。
「じゃ、頼むね。あー、なんとかなりそうで良かった」
好きな人と連絡先を交換した喜びがあって怒れなかったが。
まさかの俺に丸投げかよ。
なお、お菓子は買い忘れた。
おつりは没収らしい。
母は鬼かもしれない。
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