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ひんやりと冷えた肌がさらりとした感触を桂城に伝える。目の前にある淡い色の自分のための傷痕。
それに軽くくちづけると、逃げようとしていた腕の中の身体はかすかに震えた。しかし、再びその手は灯を消そうと伸ばされる。桂城はその手首を捕まえた。
とうとう相手の口から苦情が漏れた。だが、声は夜のように静かで穏やかだった。
「…社長…。灯を消しますから…。もう一度お休み下さい…」
桂城は篠宮を抱きしめたまま動かない。そして問う。
「なにをやっているんだ」
微笑を浮かべた顔が振り返り、桂城は腕を緩めた。
「先程のお話ですが…やはり無理です。そんなに休暇を取ることはできません」
篠宮は小さな手帳を指に挟んで示した。もともと桂城の店は定休日が決まっている。店も従業員もきちんと休ませ余裕を持たせること。それは先代からの教えだ。
なのに、桂城はそれ以上にマネージャーに休みを取らせたがる。
彼らの店は老舗の会員制の一流クラブだ。二代目オーナーの桂城は気ままにこの港街を飲み歩いているが、実際に店を仕切っているのは有能なチーフマネージャーである篠宮だ。
桂城が軽い声で少し笑った。
「働き過ぎだ、お前は。もちろん、俺もな」
「そんなことは…」
どの口が言うか、とは声には出さない。
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