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「入るぞ」
部屋に入ってきたレクスは、不機嫌そうだ――というより、機嫌のいいレクスを見たことがない。
服装は寝間着ではなく、着崩したシャツとズボン、軽く羽織った上着。
服装からレクスがここで眠るわけではなさそうだ。
「なにをジロジロ見ている?」
「レクス様がいらっしゃるとは思ってなかったので」
「お前はいつも気分が悪いと言って部屋に鍵をかけていたが、鍵をかけて眠ってないと乳母から聞いた」
――ハンナァァァ! 私は誘ってないのよ!
部屋に鍵をかけられると知らなかっただけだ。
ハンナは気を利かせて言ったのだろうが、私はレクスと夫婦の中を深めるつもりは微塵もない。
「子供たちと過ごしているそうだな。俺に似ていると言って嫌がっていたくせに、どういう風の吹き回しだ?」
「それは勘違いです。私は言ってません。いつも部屋に鍵をかけていたのも、信用ならない者が多いせいですわ」
「ルスキニア帝国の人間が信用できないと言いたいのか。相変わらず、嫌味がうまいな」
――これはかなり溝が深い。
レクスとユリアナの間に、どういう行き違いがあったか知らない。
けど、なにか言えば傷つけあうだけで、これ以上話すのは得策ではない気がした。
――でも、レクスはユリアナを誤解しているわ。
レクスだけではないかもしれない。
私も『愛されない皇妃』ユリアナの噂は聞いていた。
グラーティア神聖国の自慢ばかりし、ルスキニア帝国を蛮族と蔑んで馴染まない。
夫のレクスに近寄る女性に嫉妬し、嫌がらせをし、使用人には愚痴や文句ばかり言って、いじめていたという噂だ。
未来ではルスキニア皇帝一家が、人々を虐げ、悪逆皇帝一家と呼ばれたため、ユリアナよりもレクスたちのほうが有名だ。
――でも、噂はただの噂だったと証明されたわ。
実際のユリアナは毒を盛られ、侍女からはいじめられ、冷たい夫に苦しむ妻。
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