10 夫は私を助けない

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「きゃあああ! 誰か兵士を呼んで!」 「クリスティナ様が犬に追われているわ」 「猟犬よ!」  遠くから侍女たちの悲鳴が聞こえ、騒ぎの元凶が近づいてきた。 「皇帝陛下、助けてくださいませ!」  クリスティナは悲鳴を上げて、皇妃の庭へ逃げてきた。  その背後には黒い大きな犬が迫っている。  猟犬は森番が世話をしており、ふだんは主人の命令に従う賢い六頭の犬たちだ。  なにをしたのか、犬は怒り、クリスティナに唸り声をあげている。  犬の目を見ると、正気を失っていた。  ――もしかして、クリスティナは【魅了】の魔法を犬に使って操っているの!?  人より動物のほうが、魔法にかかりやすい。  正気を失い、【魅了】で操られた犬が、クリスティナとともにこちらへ走ってくる。 「アーレント、フィンセント!」  とっさに子供たちをかばう。  レクスは目覚め、頬杖をついたまま、冷たいサファイアの瞳を犬に向ける。  犬は私とクリスティナに両方同時に襲いかかり、牙をむき出しにし、噛みつこうとしていた。  そばのレクスを見ると、氷のようなサファイアの瞳が私の姿を映していた。   ――レクスは私を助けない。  私は愛されていないのだから。
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