第一話:まさか好きとは思うまい(前編)

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第一話:まさか好きとは思うまい(前編)

「412円です」  コンビニでいつもと同じ缶チューハイを買って、おにぎりを買って、会計をする。  家に帰って食べて、風呂に入って寝る。  6時の電車に乗って出社し、0時の電車に乗って帰宅する。  通勤に往復約3時間。家に居られる時間は約5時間。労働時間は約16時間。  その繰り返し。  ブラック企業とか言う言葉も流行ったけど、うちは別にブラックじゃない。  俺の労働時間が長いのには理由があって、本来三人体制の部署で、一人は産休、一人は家の都合で急に退職してしまい、勤務しているのが俺しかいなくなったからだ。  産休のあとに育休もとると聞いているので復帰まではあと三か月、辞めた分の人員募集はしてくれていて、先日まで新人が居てくれたが一か月で辞めてしまった。  俺の教え方が悪かったのではないかと人事に言われ、そう言われると余裕がなくてちゃんと仕事を見てあげられていたか自信はない。彼には悪いことをしてしまったと自責の念が湧く。    残業代も出る。ただ、諸々法律に引っかかるとかで翌月に支給されたり、出勤してるけどしてないことになっていて、その代りの残業代がなんだっけ、昼食代だっけ? だかなにか違う名目で振り込まれるだけだ。    一人暮らしだから洗濯もしたいんだけど、さすがに洗濯機を使うのには問題になりそうな時間なのでまとめて近くのコインランドリーへ行く。もっと職場に近いところに住む方がいいってのも判ってるんだけど、大学時代から住み慣れてる場所なので離れがたかった。  そんな毎日を過ごしていると、友達も減った。  食事や遊びの誘いを「仕事だから無理」と断っているうちに誘われなくなった。  誘われていたころは「一人に押し付ける職場はおかしい」と転職を勧めてくれるやつもいて、確かになと転職サイトも見たりしたが、仕事に忙殺されると何も考える気もわかなくなった。  最近はスマホを見るのも通勤電車の中で仕事のメールとニュース記事に目を通すくらいだ。あとはタイマーをかけて座れる時は眠っている。  だから、コンビニで買う夕飯も何も考えられなくて、いつも同じものを買う。 「……チッ、またかよ」  今日も今日とてコンビニで夕飯を買う。いつも通り412円を取り出そうとしたらいつもと違う事を言われた。 「え……?」 「あ? 412円」  思わず財布から顔を上げて店員を見てしまった。見てから後悔した。  店員に睨まれたからだ。  大学生くらいだろうか、ここがコンビニでなかったら不良に絡まれたと思いそう。 「あ、はい」  俺は慌てていつも通りの金額を払い、コンビニを出た。  そして思考を仕事以外では放棄している俺は、毎日同じコンビニに行く。  不良みたいな店員のことなど翌日には忘れていて、しかも彼は毎日いるわけではないから、すぐに記憶から消えてしまう。 「……うわ、マジウザい」  なので、三日後。  三日前と同じように低い声でぼそりと言われ、なんか前にもあったよなこれ、と思いつつも店員を見た。あ、不良店員くんか。睨んでくる彼を見て、記憶が戻る。  しばし考えていたからか後ろのお客さんに「まだですか」と急かされた。 「あ、えっと……412円、ですよね」 「あー、そうっすね」  俺は会計を済ませ後ろのお客さんに「すみません」と謝ると、コンビニを後にした。  自分も学生の頃はあんな風に悪態をついていたような気がする。こんな疲れ果てたサラリーマンを見て、自分の未来と重ねてしまい夢とか希望を奪っているなら申し訳ない。  いやでも知り合いでもない他人を見てそんなこと思うわけないよな。俺は自分が話し掛けられたと思ってるけど全く関係ないのかも。  そうだな、知らない相手だし。 「――っ!てめぇまじ無視してんじゃねえぞ!!!!」  いきなり肩を掴まれて、持っていたコンビニの袋がコンクリ道路に落ちる。 「へ?」 「さっきから呼んでんだろうが!!」 「え? あ? え?」  状況が良く判らずにぽかんと、俺は肩を掴んできた人物を見上げた。  さっきの不良店員くんだ。  え? なにこれ、本格的にカツアゲとかされるの? でも、きみコンビニの制服着てるよ? それで犯行を行うのはどうかと思うよ??  俺がぽかんとしてる間に不良店員くんは、俺が落として道路に転がった缶チューハイとおにぎりを拾い袋に入れている。  あれ、不良だけどいい子じゃないか…? 「えっと…」 「財布、レジに置いてった」  拾った袋と一緒に俺の財布を差し出してくる。   「あ! 俺の財布!」 「だから、置いてったから声かけてんのに無視しやがって。くそむかつくんだよ」 「え、あ、すみません」 「じゃあ返したからな! 今度は落とすんじゃねぇぞ!」 「あ、ありがとう」  俺が礼を言うと、ふんっと馬鹿にしたような顔をしてコンビニに戻っていった。  それからレジで悪態をつかれることを6回ほど繰り返して、やっと俺は彼を認識した。  ああ、今日は彼がいるから火曜日か、などと気付く。  彼のシフトは火曜、金曜、日曜。夜1時頃から朝6時過ぎまで勤務してるんだろう。 「朝、早ぇな」  出勤前にコンビニに寄ったら夜とは違う事を言われた。夜はだいたい「またかよ」「うざい」「きもい」だ。  舌打ちもなかったので、一瞬俺に話しているのかわからなくて、5秒くらい考えていたら後ろのお客さんに「まだ?」と急かされた。  俺は再び後ろに並んでいた人と、不良店員くんに「すみません」と謝って急いでコンビニを出た。  仕事は相変わらずやってもやっても終わらない。  産休の人が戻るまでいっそ職場近くのビジネスホテルに泊まって、通勤時間も仕事に当てた方が睡眠時間も取れるんじゃないか……と思い始めた。  さすがに一月まるっと休日がないのは辛い。まだ30歳になったばっかだから体力も気力もどうにかこなせてる気がするが、あと二か月もつ気はしない。 「……これ、やる」  いつも通り缶チューハイとおにぎりをレジに持って行ったら、不良店員くんが夜なのに違う事を言った。 「へ?」 「試供品だから」  ぼそりと呟きつつ、おにぎりの横に有名なドリンク剤のマークが入った茶瓶を入れていた。   「あ、えっと、ありがとう」 「別に……さっき届いたから」 「ああ、そうなんだ。すぐ商品出すなんて偉いね」 「はぁ?」 「あれ? えっと違うのかな、ごめん」  コンビニバイトはした事がなかったけど、コンビニ勤務の友達からバイトが品出ししなくてあーだこーだと言っていたことを思い出し、会話をつなげてみたが駄目だったようだ。  仕事以外で会話しなさ過ぎて、俺は日常会話の仕方を忘れているのかもしれない。 「……ほんとにウザい」  ぼそりと相変わらず酷いことを言われたが、この時初めて彼が茶髪なんだなとか、ピアスがいっぱいついてんなとか、そんな事に気付いた。
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