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第四話:それでも好きが止まらない(前編)
その日もいつも通り各務くんの家で夕飯を食べることになっていた。
お茶がないとコンビニに買いに出た各務くんを部屋で待っていると、知らない人が平然とドアを開けて入ってくる。
「各務~、前言ってたやつ……お、カレー? メッチャいい匂い俺も食いてぇ、てっ、あれ?」
見た目は大学生くらいだし、各務くんの名前を呼んでいるので知り合いなのだろう。
いやむしろ躊躇なく部屋に入ってくるところを見ればかなり親しい間柄に違いない。
台所に立つ俺と視線を合わせると、暫定各務くんの学友が動きを止める。
驚くよね? うん、判るよ。俺も驚いて思わず固まってしまった。
「えっと……ここって」
「各務くんの家です」
「ですよね。良かった間違えたかと思った。てかあいつは?」
「今買い物に出てて、そろそろ帰ってくるかと……」
お互いにキョトンとしながらも必要な情報交換を行う。
なんか無駄に見つめ合ってしまい、お互いに愛想笑いを浮かべた。
各務くんの友人は各務くんとはまた違った方向に派手だった。髪は全体的には黒いものの青のメッシュが所々入っておりマッシュというのか、きのこのような特徴的な髪型で、鼻や唇にピアスを着けている。パンクと言うよりはスタイリッシュちょっと悪というか、少なくとも俺が大学にいた頃にはいなかった雰囲気の見た目だ。
茶髪な各務くんと並ぶとやんちゃしまくってるように見えるだろう。行きつけのクラブ? とかバー? とかありそうだ。だが見た目に反して真面目で素直な各務くんなので、目の前に立っている友人くんも真面目なのかもしれない。
その証拠に家主が居ないから玄関で立ち止まっている。いやノックもせず勝手にドアを開け侵入してきたけど。
「……ただい、おわっ!」
「あ、各務。おまえなんで居ないんだよ!」
「は? コンビニ行っただけだし……てか、なんで先輩がいんの?」
帰ってきた各務くんがドアを開け、玄関に佇む友人、もとい先輩にぶつかりかけてたたらを踏む。
「頼まれてたやつの話するついでに飯くおうと思って」
「いやうち食堂じゃないんすけど」
二人のやり取りに思わず笑ってしまった。
先輩と呼んでいるが随分と仲がいいようだ。各務くんはサークルなどには入ってないとのことなので、研究室の先輩なのだろう。
「じゃあ俺、今日は帰るよ」
いつまでも玄関にいる二人に声をかけつつ、俺は勝手知ったる台所とばかりにタッパーを取り出すとご飯と温めていたカレーを詰めて持ち帰ることにする。
「え、あ……ごめん」
戸惑いつつも各務くんは俺を引き止めはしない。ということはこの対応で間違っていないのだろう。「なんかすみません」と頭を下げつつ恐縮して見送ってくれた見た目に反して真面目な先輩くんに「いえいえ、どうぞごゆっくり」と何目線なのか判らない返事をして、俺は各務くんの部屋を後にした。
気付けばぐっと肌寒くなり、ハロウィングッズが店頭を賑わす季節になっていた。どこもかしこもオレンジや紫のディスプレイがかわいらしい。
職場の机の上も毎週彼女と大型テーマパークのハロウィンに通っているという谷内くんからのお土産で、賑やかさを増している。
一方、俺の心はどんよりとしていた。色で言うなら真っ黒だ。なぜなら各務くんとまるっと一ヶ月、一緒にご飯を食べられていないからである。
恋人と一緒に食事が出来ないくらいでなに泣き言を言ってるんだと自分でも思う。でもびっくりするぐらい食事が美味しくなくなったのだ。作ったり用意するのも面倒で、気付けばまた最近はコンビニおにぎりと缶チューハイを買う日々である。
まあでも俺の食事がどうなろうとも、それは俺の問題でしかない。各務くんから「しばらく夕飯は一緒に食べられない」と可愛い猫のごめんなさいスタンブと共にメッセージアプリに連絡が来た時は、それも二週間くらいだろうと勝手に思っていた。
しかし気付けばすでに三週間、トーク画面は更新されていない。
もともと俺たちは必要なことしか連絡しないので、メッセージアプリも一週間くらいなら間が空くことは稀にある。でもさすがにこんなに間が空くことがなかったので、連絡のないトーク画面を見るとものすごく寂しい気持ちに襲われた。
……などと一人でする食事の寂しさに打ちひしがれてはいるものの、各務くんにまったく会えていないわけではない。
もともと毎回ではないまでも、朝コンビニで働く各務くんに会ってから出勤していた。その習慣は今でも変わらない。
なので今朝も他のお客さんの邪魔にならない程度に挨拶はした。
しかしである。それでもやっぱり寂しいものは寂しいのだ。店員と客という関係ではなく、各務くんと俺で、ちゃんと会いたい。食事をして他愛もない話をするだけだけど、それがどれだけ俺にとって大事な時間で掛け替えのないものか、痛感した。
寂しい。
今週に入り、ついにメッセージアプリを開いて「いつ会える?」などと打ち込みそうになった。打ち込む前に我に返って慌てて閉じたが、これはもう重症だろう。だが、グッとここはこらえる必要がある。
別に連絡しても各務くんは嫌がらないかもしれない。しかし真面目な各務くんのことだ。忙しい中、俺のために時間を作ろうとしてしまうだろう。そんなのは絶対にダメだ。
俺の我儘に、彼を付き合わせるわけにはいかない。
俺は大人なのだ。年下である各務くんの邪魔をするようなことは絶対に言うべきじゃないしするべきではない。各務くんに会う前は一人でいることなんて当たり前だったのだ。去年の今頃など、仕事以外はメッセージどころか会話すら誰ともしていなかった。
ああでも、と思い出して思わず笑ってしまう。
唯一悪態をつく各務くんとの会話だけは仕事に関係のない、例外だった。
そんなことをつらつらと考えていれば、いつの間にか各務くんが在籍する大学にたどり着いていた。
ちなみに無意識にたどり着いたわけではないし、もちろん各務くんに会いに来たわけでもない。
ただ単に会社へ提出する必要書類を母校に取りに来ただけである。各務くんの通う大学は俺の出身校なのだ。
代わり映えのしない懐かしい構内に足を踏み入れれば、学祭のポスターが目立つところに貼り出されていた。
「あ、もうすぐかぁ、懐かしいな」
日程を見れば十一月初旬の祝日とのこと。卒業してからも近所に住んではいたが、わざわざ来たことはない。
なんとはなしに構内を見渡せば大きなベニア板なども放置されており、学祭準備の慌ただしい雰囲気を垣間見れた。
仮所属らしいが三年生になった各務くんも夏休みには研究室を手伝っていると言っていた。もしかしたら学祭関連で研究室での作業が忙しいのかもしれない。
慣れないことをするのは大変に違いない。
目まぐるしく毎日変化のあった大学時代を思い出せば、各務くんの忙しさも腑に落ちた。
やっぱり年寄りは若人の邪魔をすべきではないのだ。
思い出に浸りつつ、ふと視線をガラス張りのカフェに向ければ見知った姿を見つけた。
すでに夕方近い時間帯なので食事というよりはただ仲間内で席を陣取って喋っているのだろう。
各務くんが男女数人の学生と何やら楽しげに話している。
見ていれば隣の男子が各務くんの頭に手を置き髪をぐしゃぐしゃにして怒られていた。なんとも仲良しで微笑ましい光景だ。
俺も学生の頃はあんな風にバッチリ決めてきた友人の髪を乱してめちゃくちゃ怒られたっけ、懐かしい。各務くんもあれでいて髪型にこだわりがあるのかもしれない。今度会った時にでも聞いてみよう。
見た感じでは先日の先輩くんはいないようだった。かなり距離もあるし、あちらは室内にいるので会話どころか声も全く聞こえてこない。楽しげな雰囲気だけが伝わってくる。
気付けば俺は各務くんの姿をジッと見つめていた。
これがドラマや小説であれば、見つめる恋人の視線に何故か気付くものである。だけど現実でそんなことは勿論ない。
どのくらいその場に俺は佇んでいたのか分らないけど、各務くんがこちらを見ることはついぞなかった。
俺は小さく息を吐き出すと、書類を受け取るために事務棟へ向かった。
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