それでも好きが止まらない(中編)

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それでも好きが止まらない(中編)

 特に変化もない日々を過ごしていれば、あっという間にテレビの話題はハロウィンからクリスマスに移っていた。  そんな中、各務くんから実に一ヶ月ぶりのメッセージが届く。  そういえば暦は既に十一月の祝日を過ぎている。やはり学祭で忙しかったのだろう。  「来週ならいつでも平気」との連絡に、即座に「俺も!」と返信しかけて手を止めた。  はやる気持ちを抑えて深呼吸をする。  落ち着け俺。これではまるで待ち構えていたみたいじゃないか。今はまだ午前中で、普通に仕事中である。スマートな大人の男なら焦りは禁物だ。  俺は高まる気持ちを抑えつつ昼休みに返事をして、四日後の日曜日に食事をすることにした。  久しぶりの各務くんとのご飯で、思わず浮かれてしまう。  各務くんに食べたいものを聞いたところ、何でもいいがウチで食べたいというのでカレーにすることにした。おうちカレーである。  俺はこだわらないので味付けは市販のルーにお任せだ。この間の各務くんが作ったカレーと比べるとシンプルだが、ちょっとお高いステーキ肉を使うことでグレードアップすことにする。  美味しい肉ならカレーにしても美味しいだろう。たぶん。  それにしても……と鍋を準備して思う。あんなにやる気にならなかった食事の準備が楽しくて仕方ないのは何故なのか。  浮かれた気分で昼から支度を始め、玉ねぎを刻んでいたら涙が出てきた。 「うっ、目に染みる……」  ポロポロ、ポロポロと後から後から涙が出てくる。俺の涙あふれすぎである。  思わず苦笑していればスマホが鳴った。 「いらっしゃい、かがみくん」 「は? え、なに……どうした……え」  スマホは夕方に来ると思っていた各務くんからの「着いた」というメッセージだった。  慌てて玄関に出たため、泣いていたのを忘れてそのまま出迎えてしまい、俺を見た各務くんが可哀想なくらい動揺している。 「あっごめ、これ……玉ねぎ切ってて」 「あー……なんだ、ビビった……」  俺が答えれば心底安堵したように各務くんが呟く。  確かに訪ねた相手が泣きながら出てきたら驚くよね、ごめん。 「今日って夜だと思ってたんだけど、お昼に約束したっけ?」 「いや、夜。…………早く会いたかったから」 「!!! そ、う、そうか。えっと」  いつになく真面目な顔で見つめられ、ドキンと心臓が高鳴る。  こういう場合はなんと返すのが正解なんだろう。  見つめ合うこと数秒。 「入っていい? ケーキ買ってきたから冷蔵庫入れたいんだけど」 「え、ああ、うん、もちろん。どうぞどうぞ!」  落ち着きを取り戻した各務くんと入れ替わるように俺がオロオロしていれば、各務くんが小さく微笑んだ。  睨んでくることが多いけど極希に柔らかい表情を浮かべる時があって、正面から見てしまうと息が止まりそうになる。  俺、もしかしなくても各務くんのこと好きすぎなんじゃないだろうか……。各務くんに心臓も呼吸も止められそうだ。  俺はトキメキで死なないように深呼吸して、どうにか平静を装った。  夕飯までにはまだ時間もあるし、そもそもカレーも出来上がっていないから適当に(くつろ)いでてと各務くんに伝える。  きっといつもの場所に座ってサブスクの映画でも見るだろう。  そう思っていたのに、何故か各務くんはサラダのためにキャベツを刻む俺を、キッチンの壁に寄り掛かりつつ、後ろから監視……もとい、見つめてくる。 「えっと……」 「また仕事、忙しいのかよ」  なにか用があるのかと振り返らずに声をかければ、予想外な言葉に俺は手を止めた。 「仕事? 全然忙しくない……ああ、でも確かにそろそろ繁忙期になるから少しだけ残業するけど、でも去年と比べれば全然楽だよ」  再びざっくざっくとキャベツを刻みつつ苦笑すれば「嘘じゃないだろうな」と疑われてしまった。  忙しかったのは各務くんのはずなのに、なぜそんなことを聞かれるんだろう。  俺が包丁を置いて振り返ると、不機嫌そうな各務くんと目が合った。 「…………最近、朝元気なかったし、なんかやつれてただろ。一人でも飯、ちゃんと食ってんだろうな?」  各務くんは不機嫌な顔のままボソボソと話すが、視線は外さずまっすぐ俺を見つめている。  嘘も見透かされそうなそんな視線に、俺の方が絶えられずに目を逸らした。 「昼はちゃんと食べてたよ、うん」 「朝と夜は?」 「朝はそもそも食べないことが多いし、夜もいつもどおりに食べてたけど……」 「ちゃんとおれを見て答えて」  うちのキッチンは廊下にあるタイプで狭い。もともと近くに居た各務くんが一歩踏み出せば、それはもうキスでもできそうなくらいに距離を詰められてしまう。  前門の各務くん、後門の煮えたぎるカレー……ではなく。俺は各務くんに視線を戻すと正直に答えることにした。 「………ここのところ面倒でチューハイとおにぎり食べてました。や、でもそれでもちゃんと食べてるし問題はないから」  思わず誤魔化そうとへらりと笑って答えれば、各務くんがぎゅっと眉根を寄せて怒ってるような悲しんでるような呆れているような複雑な顔をする。 「はぁー……ほんと、あんたって自分を追い込むの好きだよな。つぅか、なに? 何がそんなしんどかったの?」 「え?」 「仕事じゃないんだろ? ……おれになんて相談できないことかもしれないけど、悩んでることあれば、これでも、一応、こ、恋人なわけだし? 愚痴とかくらいなら聞けるっていうか……」  至近距離で見つめ合っていれば、言ってて恥ずかしくなったのか、徐々に顔を赤くしながら各務くんは頭を抱える。   「あー……やっぱ目ぇ離すべきじゃなかった……失敗した」  俺に言ったのではなく多分独り言なのだろう。  だけど俺たちの距離はあまりにも近くて、小さな声もよく聞こえた。   「えっと、それはどういう……」  各務くんの独り言に思わず反応してしまう。 「あぁ? おれたち恋人だろ?!」 「いやいやそこじゃなくって、失敗って」 「あー……だから、あんたは見てないと危なっかしいっていうか、背負わなくていい苦労背負うから、その、なんだ……飯も食べてるか心配つぅか、いや、子どもじゃないし、平気なのはわかってるんだけど…」  各務くんは照れ隠しなのか自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにしつつ、ボソボソと話す。  つまり今まで一緒に食事をしてたのは、俺がまともなものを食べてるか確認してたってこと? そこまで俺は気遣われてたのか?  呆然とする俺に気付くと各務くんは慌てたように言葉を続ける。 「あ、いや、別にそれだけで会ってたわけじゃねぇからな。普通に一緒にいたかった、し」  各務くんは、本当に優しくて良い子だ。  背負わなくていい苦労を背負うのはむしろ各務くんの方じゃないだろうか。 「ありがとう、心配してくれて……ははっ、嬉しい」  本当はこんな風に思っちゃ駄目なんだろうけど、気遣われていたのが、すごく嬉しい。  なんだろう、好かれてるなって感じるというか。  うん、俺への愛をとても感じる。  年下の恋人に心配をかけるなんて俺はなんて駄目な大人なんだろう。そんな風に思うのに、嬉しくて、嬉しくて、各務くんが好きだなぁって気持ちが溢れてくる。 「っ!? おい、なんで泣いてんだよっ!」 「へ……?」  先程まで恥ずかしげにボソボソと話していた各務くんが弾かれたように顔をあげると、俺の両肩を掴んだ。  言われてみれば確かに目から水が流れ落ちている気がする。なんか、嬉しくて、安心して……。  いつの間にか寂しいで埋め尽くされていた心が嬉しいって気持ちに全部塗り替えられていく。  こんな時に泣くなんて情けないが、俺の意志に反して目から流れる雫は止まらなかった。 「ぐずっ、ああ、えっと……これはその、キャベツが目に染みたのかも…」  なので誤魔化そうと言い訳をしてみる。なけなしの大人の矜持だ。 「………。理由、言うまで離さねぇからな」  取り繕うべく再びへらりと笑ってみたが、各務くんには通用しなかった。  明らかに目の座った各務くんに抱擁というよりは犯人確保の勢いで俺は抱きしめられ、身柄を拘束された。
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