第五話:いつでも好きが溢れてる(前編)

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第五話:いつでも好きが溢れてる(前編)

 少しずつ昼間の気温も下がり、肌寒くなると暖かいものが恋しくなる。まさに鍋の季節だ。  その日はおでんが食べたくて、手軽に食べるならコンビニなのだけど、どうせなら美味しいおでんを各務くんと食べたいなと思った。なのでテレビでよく聞く下町商店街までわざわざ買いに行った。  各務くんにそのことを話したら呆れ顔を返されたのだが、食べたらやはり美味しかったので遠くまで買いに行ったことに悔いはない。  そんな俺の労力をねぎらってか、後片付けと食後のコーヒーの準備は各務くんがしてくれると言うのでお任せすることにした。俺も各務くん宅のキッチンに詳しくなったが逆もまた然りである。  のんびりとグルメ番組を見ていれば、各務くんがマグカップを持ってやってきた。  最近俺が使っている某テーマパークのハロウィン柄のものだ。すでにハロウィンは終わり街はクリスマス一色だが、明るい柄のカップで俺は気に入っている。  俺の分のマグカップしか持っていないことに首を傾げれば、各務くんがギロリと睨みつけてきた。 「ねぇ、これ何」 「? マグカップだけど。可愛いよね」  オレンジ色のカップに幽霊に扮したテーマパークのキャラクターが描かれている。言わずもがな有名テーマパーク好きの職場の後輩、谷内(たにうち)くんからのお土産だ。これは飲食するとついてくるカップで、行く度ついつい頼んでしまい沢山手元にあるのでお裾分けなのだそうだ。同じ部署の(まき)さんも貰っていたけど、無駄遣いが過ぎると呆れていた。 「見れば判る。これ、今年のだよな?」 「うん、あ、もしかして各務くんも行った……」  の?  と聞こうとして俺は言葉を飲み込んだ。物凄い形相で睨みつけてくる各務くんと目があったからだ。  これは照れ隠しのやつじゃない。  怒ってる、しかも今までで一番腹を立てている気がする。直感でしか無いが。  俺は思わず居住まいを正す。各務くんは静かにカップをローテーブルへ置き、俺の隣に座った。  お互い何故か正座をして向かい合う。 「あの……各務くん?」 「誰と行ったの? あんた友達いないだろ?」  いやそれは大きな誤解だ。俺に友達はいる。と、問題はそこじゃない。 「行ってないよ、お土産に貰ったんだ。…………えっと、友達じゃなくて、職場の人に」  再び各務くんに、友達いないだろ? って目をされたので付け足して答える。 「おんな?」 「男です」 「……………………」  なんだろうこれ? 尋問?  俺の答えに各務くんはジッとマグカップを睨みつけている。お土産をくれる相手が女とか男とか関係あるんだろうか。  そこでふと、俺は思いついた。  もしかして、各務くんは嫉妬してるのではないだろうか。というよりももしかすると、俺の不貞を疑っているのかもしれない。  奇しくもハロウィンの時期は各務くんが俺のためにバイト三昧で、俺たちはデートどころか食事も出来なかった時期だ。その間に浮気したと思っているのでは無いだろうか。そんなことは断じて無いけど。 「そのカップ、彼女とデートで行ったからってくれたお土産だよ。他の人も貰ってるから」 「……。」  もし各務くんが変な誤解をしているのなら、それは違うのだと判るよう言葉を選ぶ。  視線はマグカップに向けたまま、各務くんの顔がジワジワと赤くなった。  勘違いして問い詰めたことに恥ずかしくなったのだろう。各務くんのこういう感情に素直というか、表情に出るところ本当に可愛いと思う。 「だいたい俺のことそういう意味で好きなのって各務くんしかいないし、変な心配しないで大丈夫だよ」  吸い寄せられるように思わず各務くんの口元に触れるだけのキスをして立ち上がる。俺の突然の行動に真っ赤な顔でカチコチに固まってしまった各務くんの代わりにコーヒーをいれることにした。 「……それは、あんたが決めることじゃないだろ」  そんな俺に各務くんが憮然とした顔で呟いた。  各務くんに「会えなくて寂しい」なんて弱音を吐いたあと、俺は今までよりもさらに各務くんが可愛く見えるようになった。  可愛いと言うか、愛おしいと言うか。  とにかく側にいたいし、隙あらば触りたいし、キスもしたい。  もちろんそういった行動が許されている間柄なので、二人の時は俺はちょいちょい各務くんの手を握るしキスもした。といってもほぼ触れるだけのやつだけど。  そんな俺の行動に各務くんは硬直する。  自分から仕掛けてくる時は押せ押せなのに、こちらから攻めるとタジタジだ。そんなところも可愛いなぁと思うが、各務くんからのキスは大体ディープキスで長い。  求められるのは嬉しいし、気持ちいい。だけどこう、なんていうかそんな一気に気持ちを放出しなくてもいいんじゃないか、なんて思ってしまう。そうすれば俺がキスに苦しくなって、各務くんの背中を叩く必要はなくなると思う。  あれは時々生命の危機を感じて力強く叩いちゃうから痛いと思うんだよね。各務くんも分かってると思うのにガバリとくる。まあ、そんな不器用なところも可愛いと思うけど。  そんな風に接触も増えてくると、先送りにしていた問題が目の前に迫ってくるのを感じた。  そう、つまりあれだ、キス以上の愛の営みである。  今まで意識していなかったけど、俺だとて健康な成人男子だ。キスしたい触りたいとなれば、その先だってしたい。  俺はやっとこの気持ちまでたどり着いたけど、各務くんはずっとこんな気持ちだったんだろうか。それなら結構悪いことをした。いや、今も悪いことをしているのかもしれない。  男同士というのは未だに不明点が多いが、各務くんになら情けない姿を見せてもなんだか大丈夫な気がする。  それに世はまさに恋人たちが浮かれるクリスマスシーズン。これを利用しない手はないだろう。  そうと決めれば三日に一度はやり取りをするようになったメッセージアプリで、各務くんの予定を聞くことにする。  これでよし。  今夜にでも泊まりで出かけられる日程を教えてくれるはずだ。  しかし「クリスマスに泊まりでデートしよう」というのは、あまりにも下心が見え過ぎだろうか。 「チーフ、さっきから変な顔してどしたんですか?」  職場の昼休み。我が社は食堂がないので外に食べに行くか、社内のどこかでお弁当を食べる。会議室などは主に女性陣が使用するので、俺は自分のデスクでお昼を食べることが多かった。 「え、いや、何も別に」 「えー、またまたぁ。彼女のこと考えてたんじゃないですか? 顔ニヤけながら時計触ってましたよ」  コーヒー片手に外食から戻ってきた谷内くんは席に着くと、ニコニコと声をかけてきた。  なんだか俺がヤバい人みたいだけど、言われてみれば確かに各務くんから貰った腕時計に触れている。無自覚だった。ちょっと恥ずかしい。 「……谷内くんはクリスマスもやっぱりいつものテーマパークで過ごすの?」  俺はさり気なく話題を変えることにする。  もはや俺に恋人がいるのは谷内くんにも槇さんにもバレてはいると思う。腕時計のことも何も言ってないのに察せられているようだが、同性同士の恋愛についてどのような感情があるか分からない相手に、各務くんのことを話す気はなかった。  知りたくないって人もいると思うしね。 「ん? 今年は違いますよ。いや、ほんとあそこは最高なんですけどね! 今の彼女とは何回かクリスマスも行ってるんで、今年は普通に夜景の綺麗なレストランにしようかなと」 「へぇ……」 「あー、でもほんとクリスマスも最高なんで他の日に行きます。クリスマスだといつもとまた雰囲気も全然違って、ほんと夢の中みたいっていうか…――」  それから午後の仕事が始まるまでどれだけ(くだん)のテーマパークが凄いのかという話を聞くことになった。  谷内くんのプレゼンが上手いのか話を聞いていると自然と興味がわいてきたものの、男二人で過ごすには少しハードルが高い気がした。出来れば各務くんとは気兼ねなく二人の時間を楽しみたい。  そう考えると出かける場所も男二人で居ても気にならない場所の方がいいだろう。  帰宅中の電車内で。テレビや友人などから聞いたクリスマスデートの情報を思い出しつつ、大好きな各務くんのことを考える。  自然と緩む顔の筋肉を引き締めながら、俺はデートプランを練るのだった。    予想通り夜には各務くんからクリスマスお泊りデートの許諾の返事が来た。  ただなんだかすごく警戒というか心配されている気がする。  温泉旅行の時に各務くんが言った「次泊まりに誘ったら、云々」を俺が覚えているか心配しているんだろう。  流石にあの衝撃は忘れないし、忘れたくない。あの時の各務くんはめちゃくちゃ格好良かった。  それはさておき、俺の真意を探っているだけならいいけど、単純に身の危険を感じて警戒している場合もある。そうだとしたら大問題だ。  俺に襲われたら嫌だとか考えているのかもしれない。まあ各務くんも男だからそうなったら殴ってでも逃げてくれると思うけど……うっ、想像すると悲しくなる。各務くんに拒絶されたら立ち直れるだろうか。悲しい。そうはなりたくない。  不吉なことを考えて不安になったが、ふとついこの間も食らいつくようにキスされたことを思い出した。  なんだかくっつきたくて、さり気なく各務くんに寄りかかったはずなのに、気付けば抱きしめられ息も苦しくなるほど唇を貪られていた。  あの時の各務くんは可愛いより格好良いという言葉が似合う色気があった。  思い出せば顔が熱くなる。うん、大丈夫。たぶん。各務くんが慎重な返信をしてきたのは俺がちゃんと意識しているか伺っているからに違いない。  気を取り直しつつ、考えたデートプランを各務くんに伝える。先程の返信から少し時間が空いてしまったがすぐに既読になり、OKと見慣れた猫のスタンプが送られてきた。  各務くんと恋人らしくキスなどしてじゃれ合うようになり、なんとなく、うっすらとだけど役割分担が見えてきた気がしていた。  たぶん俺が抱かれる側で、各務くんが抱く側だ。  ちゃんと話し合ったことはないし、俺の予想でしかないけど、イメトレをしてみたところ何故かそれがしっくりとした。もしそうだとしたらネットの知識でしかないけど、俺は色々準備しておかないと駄目らしい。だがしかし、抱かれる側にハマってしまうとどうも普通の性行為では満足できなくなるとも書いてあった。 「……実は俺の勘違いでしたってなった時に、困るかもしれないもんな」  なので先走るのは良くないだろう。性の不一致で別れるカップルだっている。俺たちだってそうなる可能性もある。思いついたらすぐ行動の俺でも慎重になるのは仕方ない。  流石にこれだけベタベタ触り合っていて、相手が男だからと萎えることはないと思うがその可能性だって十分あり得るのだ。 「いや、大丈夫! さすがにそれはない。俺は各務くんを信じる!」  信じられる。  そう思える自分が、今すごく幸せなのだと改めて実感した。
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