いつでも好きが溢れてる(中編)

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いつでも好きが溢れてる(中編)

   ちょうどクリスマスが土曜日だったので俺と各務くんのデートは土日になったけど、一般的には前日のイブが大切らしい。谷内くんが金曜のクリスマスイブに有給休暇を取っていたのはそのためかと後になって気づいた。  いつも通り各務くんは深夜バイト明けなので、待ち合わせは昼過ぎである。  俺のデートプランはクリスマスプレゼントを探しつつ買い物をして、ちょっと高級なホテルでディナーを食べ、部屋へ行くというコースだ。ちなみに翌日は近場のベイエリアや観光スポットなどを周り、帰宅する予定である。  これなら今日プレゼントが買えなくても、明日また選ぶチャンスがある。  各務くんへのプレゼントはいくつか候補があるんだけど、欲を言えばそれら全部を贈りたい。 「……おはよ」 「おはよう、各務くん」  14時に待ち合わせ場所である駅で待っていれば、寝起きなのだろう少し気怠げな各務くんがやってきた。  コートの前が開いているので装いが見える。今日のデートプランを伝えてあるからか、黒のハイネックにジャケットを着用しズボンもジーンズではない。ピアスもいつもよりはだいぶシンプルで、パッと見ではつけてる数すら少なく見える。  眠そうではあるが、髪型はすっきりとセットされ、表情さえ見なければ寝起きのようには思えない。 「なんか、すごい、デートって感じの服だね……」  思わず見惚れて呟けば「あ?」と不機嫌全開な各務くんに低い声で凄まれた。すみません。どんな格好してても各務くんは各務くんでした。 「馬鹿にしたわけじゃなくて、いつもみたいにカジュアルな服だったら、まず服を見に行ってもいいかなって思ってたんだよ」 「……まさか、一式買うとか言わないよな?」 「買いたかったけど、今日の各務くんすっごいカッコいいから着替えるなんて勿体ないし、今回は残念だけど諦める」 「いや、ずっと諦めてていいから」  正直に言えば、俺は着られればいいと思うタイプでおしゃれにはまったく興味がない。逆に各務くんはそれなりのこだわりはあるんだろう。だから突然服を贈るなんて出来ないけど、一緒に行けばプレゼント出来るかと思った。 「心配しなくても俺の趣味を押し付けたりはしないから。今度一緒に買いに行こうね」 「あんたの服を俺が買ってもいいなら考える」  うっ、各務くんに余計な物を買わせるなんて財政的な負担になることはさせられない。 「……各務くんの財力に余裕ができてからにする」 「ぶっ、諦め悪いな」  俺が大真面目に返事をしたというのに各務くんは吹き出して笑った。口は悪いが嫌がっているどころか嬉しそうな顔をしているので、迷惑ではないのだろう。  今後の各務くんとのデートプランに、洋服を見に行くも追加しておくことにした。  昼過ぎからデートを始めた俺達は予定通りショッピングをしつつ、ホテルへ向かうことにする。  プレゼントプランにあった洋服が却下となったけど、今日の各務くんの装いに合わせてカシミアのマフラーを買った。スーツでも違和感なく使えるやつである。 「就活の時にこういうの一つあると便利だよ」 「嫌なこと思い出させるな……つか、その言い方、親戚のおじさんみたい」  各務くんの言葉に地味にショックを受けていれば、各務くんに連れられてネクタイコーナーへ移動する。 「こっちより、こっちのが似合うけど、あんたはどっちが好き?」  各務くんは俺を姿見の前に立たせると、手際よくいくつもネクタイを俺の首元にあてていく。 「え? あ、そうだな、そっちのグリーンの方が好きかな」 「ん、俺もそう思った」  そう言う店員さんにラッピングまで頼み、即座に購入している。 「ええ、待って各務くんは買わなくても……」 「何言ってんだよ。クリスマスプレゼント買うための買い物だろ。……俺だってあんたに贈りたいし。まあ、あんたよりだいぶ安くなるけど」  各務くんはそういうとちょっと照れくさそうに笑った。  ズギュン! となにかヤバいものが俺の心に打ち込まれた気がする。  予定外の各務くんの優しさと格好良さと可愛さに、目眩を起こすかと思った。    紳士服売り場を出たあと、今度は高級文具を扱う店に足を運んだ。 「ちょっと良いボールペンをお揃いで持ちたいなって思ったんだけど、どうかな?」 「おれあんま使わないけど、それでもいいならいいよ」 「うん、それは全然いいよ。俺も最近は使わなくなったし。ただ、ちょっといいのもってるとずっと使えるから、そろそろ買ってもいいかなって思って」 「そういうもん?」  たぶん各務くんは純粋に尋ねてきただけだと思う。  だけど俺はもっともな事を言いつつ下心バッチリだったので、耐えられず素直に本来の目的を吐露した。 「……というのは建前で、各務くんとお揃いのものが持ちたかっただけです」  視線を彷徨わせつつ答えた俺に、各務くんは何度か瞬きすると、仕方ないなぁと言わんばかりの優しい表情を浮かべる。 「書き味も試せる?」 「言えば出してもらえると思うけど」 「ふーん、なら最高のやつ選ぼうぜ」  優しい各務くんは俺の我儘に付き合ってくれた。書き味で選んだやつが10万円近くしたため第一候補は却下されてしまったけど、無事に色違いのボールペンを買うことができた。  各務くんとお揃いだと思うと嬉しくて思わず顔がにやけてしまう。  その後は休憩にお茶をして、各務くんがタブレットを見たいと言うので電気屋へ行った。  買うのかと思って財布片手に待ち構えていれば、ただ触ってみたかっただけで買うのはネット通販にするらしい。俺の財布の出番はなかった、残念。  他にも家電コーナーで便利調理器具などを見て回った。いくつか使ったら面白そうなのがあったので、日を改めてまた一緒に買いに来ようと各務くんと約束した。  ホテルでチェックインを済ませ、一度部屋に行き買った荷物をおいてから予約してあるホテルのレストランへ向かう。  クリスマスのコースも提供している鉄板焼の店だ。コースだとちょっと量が少ないかもと思ったけど、足りなければ追加注文も出来るとのことなので安心である。  カウンター席に並んで座り、目の前で焼かれて提供される伊勢海老やあわび、黒毛和牛のステーキを食べる。絶品だった。味も美味しかったし料理する様子も一種のエンターテイメントだろう。各務くんも俺もシェフの手際の良さに感嘆し、話が弾んだ。  クリスマスだから向かい合わせでしっとりディナーというのも考えた。だけどそれはなんだか照れくさいし、男二人で見つめ合って照れたりしていたら、周りが気にしてしまうかもしれないと思った。それならいっそルームサービスの方が得策に思える。  恋人同士として何が正解かは正直わからないけど、俺は各務くんと色んなところで食事をしてみたいし、色んな体験もしてみたい。  だから今夜もこうして焼き上がる肉を、今か今かと期待に満ちた目で見つめる各務くんが見られて非常に嬉しい。 「美味しかったら追加しようね」  幸せが滲み出てしまい、俺はだらしない顔になっていたのだろう。「あんま、飲みすぎるなよ」と各務くんに釘を刺されてしまった。  今日は流石に自重してるので大丈夫です。  食事が終わりに近づけば段々緊張してきた。食後の珈琲の味は正直良くわからなかったが多分美味しかったと思う。  俺たちは食事を終えるとほぼ無言でふかふかの絨毯が敷かれた廊下を部屋へ向かって歩いた。  部屋は無難にツインルームだ。  ダブルにするという選択肢もあったがここは無難に攻めることにした。  窓からの景色はとても綺麗で、海を行き交う船の明かりがキラキラと煌めいている。海側の眺望の良い部屋にしたので明るくなってからの景色もいいに違いない。  室内の照明は薄暗く、落ち着いており高級感が漂っていた。 「先にシャワー使う?」 「へぁっ? え、あ、え、各務くんからどうぞっ!!!」  部屋に入りこの後はどうしたものかと立ち尽くしていれば、突然真横から声を掛けられ驚いてしまった。  そんな俺に各務くんは呆れ顔だ。 「あんたちょっと意識しすぎじゃね?」 「ぐぅっ……」  ぐうの音しかでない。  呆れ顔の各務くんは苦笑すると俺の頬を優しく撫でる。 「……変なこと言っちゃったなって、ずっと後悔してた。あんたはあんたらしくしててくれればいいし、無理させたくない。だから、気にしないでいいから」  ジッと俺を見つめてくる瞳は慈愛に満ちているように見える。俗物のような俺と違って各務くんのなんて清廉潔白なことか。垣間見せる荒々しい様子を見ていなければ聖人君子だと思ってしまう。  だけど俺も男だし、今の俺なら各務くんがかなりの自制心で俺に接してくれているんだろうと判る。 「無理はしてないよ。いや、俺が言っても信憑性ないかもだけど。なんというか温泉に誘った時は今ほど各務くんにキスしたいとか、そういうこと思ってなくて……」  俺はしっかりと各務くんを見つめて言葉を紡ぐ。  心臓が緊張でバクバクする。  下手に取り繕って大人だからと完璧を装うより、素の自分を曝け出した方が各務くんは安心してくれるだろう。  大学生相手に甘えるなという話だけど、年齢とか性別とかとりあえず横に置いておくことにする。 「だけど今はもっと各務くんに触りたいとおもっ……うわっ」  ちゃんと各務くんを見つめていたはずなのに、あっという間に俺はベッドに転がっていた。  ギシリとベッドのスプリングを軋ませ各務くんが乗り上げてくる。  先程までの慈愛に満ちた瞳はどこへやら、今までで見たことがないほど各務くんの瞳はギラついていた。  普段の睨みなど可愛く感じるほど迫力があり、本能的に逃げられないと感じる強い視線に俺の身体は硬直する。  恐怖のような、高揚のような、ぞくっと背筋になんだかわからない感覚が走り抜けた。 「………もっとあんたに、触っていいの?」 「うん、いいよ」 「……ほんとに?」 「ここで嘘つくほど俺、酷い人間じゃないけど」  瞳はギラついてるのにどこか怯えた動物みたいにこちらを疑う各務くんが可愛いくて、思わず笑ってしまった。 「かわいい……」  俺の心が声になったのかと思ったけど、呟いたのは各務くんだった。 「可愛いのは各務くんだよ」  俺も負けじと言い返して、覆いかぶさる各務くんの頭を引き寄せ口付ける。  いつもならこれで各務くんはトマトのように真っ赤になって固まるのだが、今夜は違った。
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