まさか好きとは思うまい(中編)

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まさか好きとは思うまい(中編)

 それからはなんか、日常会話? 挨拶? を彼とするようになった。  相変わらず舌打ちするし「うざい」と言われるけど、普通の人の「こんにちは」だと思えば挨拶されてるな、くらいにしか思わなかった。  いつも通りコンビニに行くと、レジには恰幅のいいおばさんが居た。  深夜なのに女性がいるなんて珍しい。そんな事を思ったが、昨日この店の店員の性別がどっちだったかなんて覚えてない。  単純に今日は不良店員くんが居る日曜日だったから気付いただけだ。 「いらっしゃいませ~。レジ袋ご利用になりますか?」 「あ、お願いします」 「412円になります」  レジに缶チューハイとおにぎりを出すと、おばさんがにこやかに会計をしてくれる。 「あ……の、いつもの茶髪の店員さんは…?」 「あれ? もしかして各務(かがみ)くんのお友達?」 「え? あ、いえ友達というか……」 「あらそう良かった! 夕飯取りにいらっしゃいって言ったのに来なくて心配してたのよ。ちょっと見てきてくれる?」 「あの、だから、友達とかではなくて、どこに住んでるかとかも知らないし」 「各務くんちはここの隣の「ゆかり荘」の二階の一番奥よ」 「いや、あの、個人情報ですよそれ…」 「ごめんなさいね、今日人手が無くて私は店から出れないのよ。次の方どうぞ―。じゃあよろしくね」  おばさんはにこやかに言うと、勝手に個人情報まで提供して次のお客さんの会計を始めている。  え……これは無視して帰って……いいやつだよな?  俺はさすがにどうしたらいいかわからず、レジの客が切れるのを待って、おばさんにきちんと話した。  俺はただの客で、彼とは挨拶する程度の関係で、知り合いとも言えない程度の間柄で、そんな奴がいきなり家に来たら不審者で通報されると。 「あらまあ、今どきの子は色々面倒なこと考えるのね。じゃあ、私が電話しとくから、夕飯持っていってちょうだい」  俺の説明はむなしく、おばさんに押し切られた。夕飯と言うかもはや夜食だ。  コンビニの隣のアパートが「ゆかり荘」なんて名前なことを初めて知った。おばさんが家から作ってきたという弁当包みを持ち、俺は階段を上る。  表札は出てなかったけど電気もついているし、間違いないだろうとノックすれば、不良店員くんが出て来た。えっと、カガミクンだ。   「これ、頼まれて……」 「……断れよ」 「まあ、うん、そうなんだけどね」  弁当包みを差し出せば、億劫そうに受け取る。受け取る為にドアを自分の体で開けてるのは、さっきからずっと片手で自分の腹を押さえているからだ。  心なしか、呼吸も荒いし顔色も悪い。というか冬の深夜なのに額には汗が浮かんでいる。 「もしかして具合悪いの?」 「……腹が痛ぇ」  ああ、それで今日は休みなのか。 「病院は?」 「行ってない」 「いつから痛いの?」 「あ?……昨日? わかんねぇ」 「えっと、良くはなってる……んだよね?」 「今、一番いてぇ」  よし、これは救急車だ。 「きみ、盲腸やってないでしょ?」 「は?」 「そこ押さえてるとこ、盲腸だと思う。ご家族は?」 「家、遠いから……」 「わかった、俺が一緒に行くから、とりあえずコートとスマホと保険証は準備して」 「いや……あんた何なんだよ」  そういえば俺は名乗りもしてないし、いきなりこんな事されて不安だよな。俺は財布に入れてあった自分の名刺を取り出して彼に渡す。  俺は道で倒れている人が居たら同じようにするし、これは人道的行動だ。  その後、救急車を呼んで病院に一緒に行った。診察している間にコンビニのおばさんがやってきて、付き添いを代わるというので俺は帰宅することにした。  翌朝出勤時にコンビニに寄ればおばさんが戻ってきていて、彼はやっぱり盲腸で今日手術することになったと教えてくれた。 「お兄さんに見に行ってもらって良かったわよ。あ、これ昨日のお礼ね。それにしても朝早いのねぇ、いってらっしゃい」  おばさんはそう言うと缶コーヒーを袋の中に入れてくれた。  俺は毎日変わらずコンビニで夕飯を買う。  驚いた事に、次の金曜日に彼はレジに立っていた。 「手術したって聞いたけどもう平気なの?」  俺は客が他に居ないことを確認してから、缶チューハイとおにぎりをレジに出して声をかける。 「あ?……1時間だけ入ってる。店長が休憩とれねぇから」 「そっか、無理しないようにね」 「うぜぇ」 「あ、うん、ごめん」  いつも通りの会話に何故かほっとして、412円を払う。 「あんたさ、次のヒマな日とか、いつだよ」 「えっと……なんで?」 「は? 一応礼とかしねぇといけねぇだろ」 「そんなのいいって。俺、救急車呼んだだけだし」 「……ちゃんと礼しろって店長がうるせぇんだよ」 「あ、もしかしてあのおばさんが店長さん?」  俺が聞くと不良店員くんが頷く。 「それは、押し切られて大変だな……でも、俺しばらく休みなくって、気持ちだけで十分だよ」 「……断るならもっとましな嘘つけば?」 「嘘じゃなくって本当の話。たぶんあと二か月くらい休みなくってさ」  あはは、と乾いた笑いが出る。自分で言ってて胃がきりきりとしてきた。 「それやばくない?」 「やばいけど、うん、長くいる会社だし、もうちょっとだから頑張ろうと思って」 「ふーん。聞いたことも無い会社なのにな」  あ、そういえば名刺渡してたっけ。世の中の会社なんて一般の人が知らない名前の中小企業が大多数なんだけどね。 「あらじゃあ、二か月後にお礼したらいいじゃないの。各務くんもテスト終わるころだし、いいじゃない」  俺と不良店員くんの会話に、バックヤードからお箸とお弁当をもったまま出て来たおばさんが加わった。 「店長。接客中なんすけど。食いながらこないでください」  きみの態度の方が接客としてはどうかと思うよ……と俺は思ったけど、黙っていた。  そして本当に二か月後、二月のバレンタインの日にご飯をおごってもらうことになった。
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