たぶん好きだと気付いてる(後編)

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たぶん好きだと気付いてる(後編)

 翌朝、寝てる各務くんをそのままに部屋についている露天風呂で身体を伸ばす。  朝日は既に昇っていたけど、一緒にお風呂から朝日を見たりしたら贅沢だろうな、なんて思った。  朝食後に各務くんがバイト先にお土産を買うと言うので、俺も職場に何か買おうかなと一緒に売店をぶらつく。  だけどここで俺がお土産買っていったら槇さんの尋問がはじまる気しかしない。 「ねぇ各務くん、各務くんにお土産買いたいけど何がいい?」 「は?」 「お土産」 「それはわかった。なんで一緒に来てるのに土産買うんだよ?」 「買いたいからかな」  お土産が買いたいけど買う相手がいない。  素直に説明すれば、各務くんの顔が何とも微妙な表情になった。 「あんた、本当に友達いないんだな」 「失礼だな。いないんじゃなくて気軽に会える友達が減ったんだよ」  各務くんも周りが家庭を持ち始める歳になれば実感するよ、絶対に。 「それなら昨日飲んでた酒がいい。あれ美味(うま)かったし」 「お、いいね。そうしよう」  あとお酒にあいそうなチーズと海鮮がコラボしたおつまみとかを適当に選ぶ。  自宅に送る程でもないけどどうするかな、と思ったら「配送代で、も一本買える」と各務くんが瓶を追加した。  一緒に持ってくれると言うので、言葉に甘えることにする。 「あんたの家に置いといてよ。今度飲みに行く」 「うん、いいよ。あ、でも一本は持って帰りなよ、友達が来た時飲んだらいいし」 「日本酒は飲む奴いねぇ……ってか酒飲む奴もほとんどいねぇ」 「そうなの? ああ、今の子は煙草も吸わないよね」  俺の時はそれなりに大学内に喫煙所とかあったけど、今はほとんどないみたいだし。 「あんた吸うの?」  各務くんのこの言葉に、周りに喫煙者が居ないんだなと実感する。 「吸わないよ。吸ってたら一緒に居る間に何度も吸いに行ってるから判るよ」 「そういうもん?」 「人にもよるけどね。今はあまり聞かないけど、トイレ休憩と同じくらい、たばこ休憩も認められていたんだよ」 「へぇ」  こういうところにちょっと歳の差を感じてしまい、苦笑してしまった。  昨日の時点でどこかに行く予定はなくなっていたので、せっかくだからと各務くんに朝風呂を勧める。レイトチェックアウトを選んでいたので昼頃まで旅館でのんびりしてから帰宅する事にした。 「荷物運んでくれてありがとう」 「ん、別に。おれの分の土産だし」  まあ確かにそうだけど、うちにあるって事は俺が半分は飲むんだけどね。 「上がっていって。夕飯なんでもよければうちにあるもの適当に食べるか、どこか食べにいく?」  各務くんが運んでくれた荷物も受け取れば、靴を脱いで家に上がり持っていた荷物を部屋に置く。 「……なぁ」  各務くんも上がった気配を感じたところで、後ろから声かけられた。 「なに?」  俺がキッチン兼玄関から続く廊下に戻ったところで、顔の横に手が伸びるのが見えた。  そのままその手は壁に伸ばされる。  うん、先日もここで同じ体勢になったな。  壁ドンである。 「えっと……どうかした?」  今日は俺、失言してないよね?  俺の顔を固定するように壁に両手を着き、正面に立つ各務くんに問いかける。  しかし答えはなく、肘まで壁につくようにして各務くんが俺に覆いかぶさるように近づくと、顔が近づいてきた。  唇と唇が触れた。  これは、もしかして、キスされて……る?!?!  状況の急展開に着いていけずに硬直していると、真面目な顔が目の前にあった。 「あんたさ、なんで付き合ってる奴と温泉旅行して飯食って温泉入るだけとか思うの? しかも同じ部屋とかなくねぇ?」 「え……あ、え……その、え? そりゃ確かに、各務くんが女の子だったら同じ部屋にはしなかったよ。でも男同士だし」  心臓がドキドキして声が震えてしまう。  別々の部屋っていうのはなんかつまらないっていうか、なんというか。本当は温泉も一緒に入りたかったなんて……とても言えない。 「前も言ったけど、おれ、あんたと付き合ってると思ってるんだけど?」 「う、うん……俺も、そう、思ってるけ、ど」  吐息のかかる程の至近距離で言われて、視線を彷徨わせつつ俺も答える。 「えっと、もしかして夜とか……なにか期待させ、ちゃった……かな?」 「……ァア??」  腹の底から出されたような物凄く低い声と共に、殺気をはらんだような目で睨まれる。  これで各務くんの顔が真っ赤でなかったら俺は震えあがっていた。  真っ赤な顔で凄まれて、どうしようかと悩む。  このままだと本当に俺は各務くんのことを(ないがし)ろにしてるというか、いい加減なお付き合いをしている……と思われてしまうかもしれない。  それは嫌だと思った。  なので、とりあえず近くにあった唇に自分の唇を押し当てる。  俺の行動をまったく予想してなかったのか、各務くんの身体が勢いよく離れた。  その態度は、それはそれで傷つくぞ。  各務くんを見つめていれば、こくんと喉が唾を飲みこむのが見えた。  両手が伸びてきて俺の頬をそっとつつむ。  そのまままた顔が近づいてきて、額に頬にそして口にキスしてくる。  くすぐったいし、息を思わず止めていたから苦しい。  思わず口で息をしようとしたらぱくりと唇を塞がれてしまった。  こ、これはもしかして?? ディープキスってやつか???  俺は目を白黒させながら、ぬめっと口の中に入って来た舌をどうしたらいいのかわからず再び硬直する。  咥内を舌が一回りしたら唇が離れた。  これはチャンスと息を吸ったら角度を変えてまた口付けられる。 「ふっ……んんっ!」  二回目は中々離れてくれなくて、唾液が飲み込めなくて口端から流れ出るし、酸素が足りなくて死にそうになったので、抗議のうめきと各務くんの背中のシャツを俺から離れるように引っ張った。  俺の抗議に気付いてくれたのか、口を離す。 「好きだ」 「……っ!?」 「……次、泊まりに誘ったらこれ以上のこともするから」 「うっ……」 「大人なんだからちゃんと考えて、行動して」  耳元で囁かれて、再び身体が硬直する。  心臓が握りつぶされそうなほど、痛い。  真っ赤な顔で睨みながら言う各務くんに、俺はこくこくと赤べコ人形かってくらい何度もうなずいた。 「旅行、楽しかった。また行きたい」 「……う、うん」  でも泊りは……えっと??  俺も相当真っ赤になっていると思う。 「……帰る。また明日」 「あ、う、うん。バイト頑張って……ね」  お互い真っ赤になって、ちょっと各務くんが理性を取り戻したのか、恥ずかしくなったのか、くるりと踵を返し自分の荷物を持って帰っていった。 「か……かっこいい……」  俺は思わずつぶやきながら、壁にもたれたままズルズルと床に座り込んだ。  腰が抜けた。  なんだかわからないけどかっこよかった。え、すごくない? 俺絶対あんなことできない。かっこよすぎではないのか? 大学生怖い。  ドキドキして心臓がつぶれるかと思った。  俺は腰を痛めた老人のように這って廊下から部屋に移動すれば、ぱたりと大の字で寝そべる。  これはさすがに、友達同士ではない。  俺は一緒にご飯食べて物事を共有することで満足してたけど、各務くんはそれではもう、物足りないのだろうか。  なんかもう、実はそういうことを考えなくてはいけないのかな。  しかし男同士でキスより先の事ってなんだろう。  ヌキあうとかそういうのだろうか。  ちょっと想像してみようかとも思ったが、脳みそも顔も沸騰しそうだったので止めた。  その日はさっきのかっこよかった各務くんを何度も思い出した。  そのたびにドキドキしながら、フローリングの上をごろごろ転がっていたら、気付いた時には日曜日は終わっていた。 (第二話・終)
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