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ちゃんと好きだと伝えたい(後編)
「わあ、綺麗」
海岸からはテーマパークの明かりだけでなく、対岸に見える明かりが暗い海面に反射して煌めいていた。
すっかり暗くなった夜空にはいつもよりもずっと星が見える。
左手にふと熱を感じでビクッと肩を揺らしてしまったが、隣に立つ各務くんの手だった。
各務くんの意図を察した俺はそっと手を握る。水族館で感じた俺のドキドキを、各務くんも体験してるのかもしれない。
水族館の中では涼しくて感じなかったが今日は蒸し暑くて、いつの間にか手の平にも汗をかいていて、しっとりとしている。
多分間違いなく俺の手だけでなく各務くんの手も汗ばんでいるのだろう。
不快に感じそうなのに不思議なことに汗の感触も心地良かった。
夜の海岸だからか周りには人は居ない。
「……デート、誘ってくれて嬉しかった」
ボソリと各務くんのくぐもった声が聞こえる。
そろりと視線だけで見ればこちらを見ている各務くんと目があい、ドクンと心臓が馬鹿みたいに大きく脈打った。
暗いとはいえ街燈の灯りが届かない距離ではない。
真面目な顔の各務くんにドキドキする。
あまりに鼓動が早くなりすぎて逃げ出したい気持ちに襲われるが、ぐっと堪えた。
大人なんだからと以前言われてしまったし、たしかに俺は各務くんに比べればだいぶ大人だ。余裕を持って対応すべきであることくらいは判る。判るんだけど……。
「ぐ、ごめん。あんまり見ないで」
なぜか判らないが物凄い羞恥に襲われた俺は、繋いでいない手で己の顔を隠す。
何だこれ、なんだコレ、何だコレ?!?!
俺がよくわからないパニック状態になっていれば、繋いでいた手を強く引かれた。
よろけた俺は各務くんに抱き留められる。
「ごめっ……」
「これなら見えないから」
慌てて離れようとした俺の背中に各務くんの腕が回されしっかりと抱き寄せられた。
たしかにこれなら近すぎてお互いの顔とか全く見るとこは出来ない。俺と各務くんの身長はさほど変わらず彼のほうが数cm大きいだけだ。
だから密着するように抱きしめられれば俺の顔は各務くんの肩辺りに乗ることになる。
しっかり抱きしめられるとTシャツ越しに各務くんの体温を感じた。
蒸し暑い気温も相まって抱きしめられると汗をかきそうなほど暑い。いやもうすでに汗はかいている。体も顔も熱い。
だというのに何故か心地よくて、俺も空いてる手をそっと各務くんの背に回した。
一瞬だったのか数分経ったのか全くわからなかったけど、駅の方から人がやってくる声が聞こえて、思わず俺も各務くんもビクッと肩を震わせる。
急いで離れようとしたが、背に回った各務くんの腕がぎゅっと抱きしめてきた。
「か、各務くん、人が来るよ??」
「べつに……いい」
そう言うと俺の肩に各務くんの額が乗るのを感じる。
たしかにここで知り合いに会う確率は低いから見られても問題ないのかもしれないけど、このままだと俺の心臓が爆発しそうだ。
「デート」
「え?」
「次、どこいく?」
耳元で囁くように問われ、俺は思わず「ヒィッ」と変な声を出してしまった。
情けない俺の態度に呆れたのか、深いため息とともに身体を起こした各務くんがやっと体を解放してくれた。
ただし、手は繋いだままである。
「あんたさ、自分は煽ってくるくせにこっちが同じことすると過剰に反応するの酷くねぇ?」
「え?」
「デートって、わざわざ言葉にして言われると……照れるだろ?」
正面に立つ各務くんは照れたように視線を外して、不貞腐れたように吐き捨てた。
「いや俺は耳元で話されたのがくすぐったいと言うか、ゾワってしただけで……」
「は?」
「あれ、ということは各務くんはデートって言われると照れるってこと?」
「……」
無言は肯定ということだろう。なんという可愛さだろう。デートって言葉だけで照れるなんて。
またもやニヤけてしまった俺の顔が気に入らなかったのか、各務くんは舌打ちをすると、ギロリと睨みつけてきた。
「デートって言葉が恥ずかしいんじゃないからな!」
「うんうん」
「あんた判ってないだろ……」
呆れたように言う各務くんと繋いでいる手に俺はもう片方の手を添え両手で握る。
「あ、でも今後は人前では言わないようにするし、大丈夫だよ」
「あ? なんで?」
各務くんが怪訝そうに目を細める。
「なんでって、この前他人に聞かれたら嫌だって言ってたでしょ。あの時は俺の配慮が足りなかったって反省し……」
「? おれそんなこと言った記憶ねぇけど?」
各務くんの手を両手で握ったまま俺は首を傾げる。
あれでも確かに「こんなところで言うな」って言ってたはずだけど。
悩む俺と同じく、俺がデートに誘った時を思い出していたのか、各務くんが小さく「あれか……」と呟いた。そう多分各務くんが思い出したそれだよそれ。
俺が視線を向ければ各務くんのなんとも表現しがたい微妙な顔があった。
「あれは……そうじゃなくて」
あー…とかうー…とか言いつつ、各務くんは空いてる手で自分の頭を抱えている。俺は大人しく各務くんの言葉を待った。
「……単純に好きなやつに面と向かってデートに誘われたから、照れただけっつうか……いや普通言わねぇだろデート行こうって、改めて言うか? 今までそんな風に言ったことなかっただろ。だいたいあんたさ、自分が恥ずかしいこととか、平然と言ったりしたりしてる自覚ないよな? いい加減、自覚しろよ。こっちは対応に困るんだよっ!」
覚悟が決まったかのようにギロリと眼光鋭く俺を睨みながら各務くんが強い口調で言い放つ。
状況的には俺が脅されているようにしか見えないが、各務くんの言ってることはただただ可愛いだけだ。
だって俺の発言や行動に照れて困惑しているんです、と自己申告しているだけである。とても可愛いと言わざるを得ない。
それはさておき、具体的にどの行動が恥ずかしい行動なのか俺に自覚は勿論ない。
しかし温泉旅行を無自覚に誘ったのは申し訳ないことをしたと思っているので、大なり小なり俺はやらかしているのだろう。
一応迂闊なことはしないよう気をつけてはいるんだけど、各務くんの様子を見るに成果はなさそうだ。
思わず思考の海に飲まれて固まってしまった俺に気付いた各務くんが、真っ赤になりつつもわたわたと慌てだした。
キツく言い過ぎたと思ったのかもしれない。
もちろん俺は怯えてなどいないけど、なんだかんだと各務くんは良い子なのだ。
「……各務くんって、本当にかわいいね」
「っ?!! ァア?」
慌ててフォローしようとする各務くんにうっかり俺は考えていたことを口に出してしまい、本日一番低い声で威圧され鋭い視線で睨まれた。
駅からやって来た人たちから離れるように俺は各務くんの手を引いて海岸を歩くことにした。
周りが暗いせいか、普段よりも心の内を話せるような気がしたからだ。
「てっきり知ってる人に聞かれたくないから、俺にデートって言葉を使ってほしくないんだと思った」
「べつにそんなのは今更気にしてない。いや、あんたが気にするってなら気を付けるけど」
人気がなくなり波の音しかしなくなったところで各務くんが立ち止まる。俺もつられて立ち止まった。
「前も言ったけど俺は気にしないよ。誰に迷惑をかけているわけじゃないし。俺より各務くんの方がそういうの気にしてたと思ったけど」
違う? と向き直り各務くんに視線で問えば、そっと視線を逸らされた。
「全く気にしないわけじゃねぇけど、おれは……あんたに嫌われたくないだけで、だから……その……他のやつから何言われても、べつに……」
「え? そうなの? すっごい悩んでるのかと思ってたんだけど?」
「そりゃ、前はすっげぇ悩んでたよ! おれの周りに同性愛者なんていなかったし。でも一番怖かったのはあんたに気持ち知られて、気味悪がられることで……でも、あんたは何でも無いことみたいに言って、おれの気持ち認めてくれて……それで」
再びぐっと手を引かれて抱きしめられた。
先程よりも強く。気のせいでなければ早い鼓動も聞こえてくる。
「デートできて……嬉しい。あんたと一緒にこうしていられて、それだけで、あとはほんと、どうでもいいんだ」
絞り出すような囁くような各務くんの声。至近距離だけど、俺は先ほどみたいにパニックにはならなかった。
触れる肌は相変わらず熱い。さっきは気付かなかったけど抱きしめていると潮の香りに混じって各務くんの汗の香りもした。
たぶん今一生懸命、俺に思いを伝えてくれて緊張しているのだろう。汗ばむ体温から、震える声から、そんなことまで伝わって来るようで、今日何度目か判らないが、各務くんを可愛いと思った。可愛い、愛おしい。
俺は自然と空いている手を各務くんの頬に添えると、そのまま顔を近づけた。
むちっと各務くんの唇に唇を押し付けて離れる。
視線が合うと各務くんの顔が一気に茹でダコのように真っ赤になった。可愛いなぁ。
「あ、な、ぇえっ……」
「俺も各務くんのこと、好きだよ」
一生懸命な各務くんに俺もちゃんと伝えたいと思った。
俺の気持ちはきっとちゃんと伝わってるとは思ってるけど、好きな気持ちは何度伝えたって悪いことはないだろう。
もう一度キスしようとした瞬間、俺のスマホが鳴った。あまりのタイミングの良さに思わず二人して飛び上がるように大袈裟に驚いてしまった。
「8時にアラームセットしておいたんだ」
「…………………。…………………ありがと」
すっごく不満そうな顔をしつつも各務くんは律儀に礼を言う。その姿に思わず笑ってしまう。
真面目な各務くんと大人の俺は欲望に流されることもなく、そのまま素直に駅に向かって歩き出した。
電車に乗るまでずっと手を繋いだままではあったけど、そのくらいは問題ないだろう。
同じホームに居た女子にガン見されていた気がしたが、各務くんは特に気にする様子もなかったので俺も堂々と各務くんの手を握っていた。
水族館デートはいろんな発見があって、とても楽しかった。
(第三話・終)
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