8人が本棚に入れています
本棚に追加
ネットの普及で、昔に比べて簡単に男女が出会えるようになったため浮気や不倫は多くなった。
興信所に持ち込まれる案件も多くなっている……はずなのであるが、先野はあれから三日間、仕事がなかった。
それはおれが優秀で仕事を早く片付けてしまうからだ、と先野は疑わなかったが、実のところ忙しくすると仕事が雑になるからだとマネージャの硯山達護郎は分析していた。部長から降りてくる案件が、絶妙に先野に回ってこないのはそのためだろう、と。
雑居ビルの三階ワンフロアの全部を借りている広い事務所で、先野は熱く語っていた。
「やりこめられるんじゃないかって思ったんだけどな。芯の強い女ってのは外見からではわからんもんだぜ」
不倫相手の家族の元に踏み込み、落とし前をつけさせてきたのだという。
依頼者を降ろして帰ってもよかったが、そのまま近くで待っていた先野は、送りがてら彼女から直接そう聞いた。
「養育費を約束させたとはいえ、一人で産んで育てようってのは、よほどの覚悟がないとできない。いい女ってのは、ああいう女のことをいうんだぜ」
後輩の新人探偵相手にそんな話をしているところに、マネージャがやってきて言った。
「先野さん、緊急の仕事が入ったけれど受けてくれるかしら?」
事務所はがらんとしており、ほとんどが調査に出ていた。残っている探偵も資料の整理や報告書の作成に勤しんでいる。
「おお、ちょうど仕事が終わったところだったから、いつでもいいぜ」
三日前を「ちょうど」と言い切る先野は、ある意味剛気かもしれなかった。
「今日もアイシャドーが決まってるねぇ」
目立つのは紫のアイシャドーだけではなく、緑色の口紅と赤く染めた短い髪も自己主張が強かった。それらが濃い髭剃り跡と相まって、硯山はなんともいえないオーラを放っていた。
「先野さんこそ、そのスーツ、いつもかっこいいんじゃないの」
一方の先野といえば、上下純白のスーツを紫のシャツの上に羽織り赤いネクタイを締めていた。事務所内ではいつもこの格好で通していた。その理由は誰にも語ったことがなかったが、あえて聞こうという物好きもいなかった。
この個性的なファッションの二人がそろうと、事務所内でコントでも始まったかのような雰囲気になる。
「本来ならべつの探偵さんに任せる予定だったんだけど、ちょっと調査が長引いていてね」
長身から事務椅子に座る先野を見下ろすマネージャは、やや申し訳なさそうな表情で、困っているところを助けてくれ、のアピール。
「そのためにこのおれがいるんじゃないか。困ったときの代打ってやつよ」
機嫌よく乗ってくれた。
「原田くんもいっしょにこの案件に当たってくれる?」
「あ、はい……」
先野の話相手につきあわされていた原田翔太は、思わぬ仕事の話に反射的にうなずく。入社してまだ浅く、他の探偵のサブとして業務を学んでいる最中の二十三歳の青年であった。
「じゃあ、十四時に面談ブースに」
マネージャ硯山達護郎は案件内容を軽く説明して、じゃあ頼んだわよ、と言って手と腰を振りながら去っていった。
最初のコメントを投稿しよう!