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ごしごしと乱暴に手の甲でまぶたをぬぐっていると、サリバンにハンカチで優しく目元を押さえられた。そのままぎゅっと抱きしめられる。ダナが泣いて眠れない夜には、必ずそうしてくれていたように。
(奇跡が欲しいだけなら、もう優しくしないで)
「それで、何を願うの」
「ダナ、俺に覚めることのない永遠の眠りを」
「あら、眠り姫ではなくって眠り王子になりたいの? 私ではない誰か真実の愛のお相手に起こしてもらうつもりかしら?」
「まさか、俺はダナ以外に愛するひとなんていない。それに覚めることのない永遠の眠りだからね、この世界が終わるまで優しいダナの夢を見ておくことにするよ」
『魔術師は嘘をつかない。嘘をつくと、魔術師は術を使えなくなるから』
かつてサリバンに言われた言葉を思い出す。そんな台詞さえ忘れるくらい、サリバンと過ごした日々は幸せだった。あの時間が、願いを叶えるためだけに積み重ねられた仮初の幸福だったとはとても思えない。それならば、サリバンはどうしてこんな意味のわからないことを願うのだろう。
「……殺してくれと言っているの?」
「死ぬと転生してしまうから、それはまずいんだ。永遠に眠っていなくてはいけない。俺の存在が決して誰にも気づかれないように」
「何を言っているのか、意味がわからないわ」
「でも、君は聖女だ。それならば、聖女が何のために生まれるのか君は既に知っているはずだ」
一瞬、世界から音が消えたような気がした。確かに神殿で習った記憶はある。けれど、それだけだ。かつて神代の時代に現れて以来、その存在が記録に記されたことは一度もない。
「魔王……」
「正解。聖女は、魔王の対で生まれてくるって習っただろう?」
「でも、別にサリバンは悪いことなんてしていないじゃない。宮仕えをしている魔王なんて、聞いたことがないわ」
「もちろん俺だって、世界征服なんか企んじゃいないよ。面倒くさいだけだからね。わざわざ国家間の揉め事を引き起こすつもりもないし、魔獣を活性化させて世界を混乱に陥れたいとも思わない。そういう魔王っていうのは、絵本の中だけの存在だ」
「じゃあ、あなたの役目は何なの?」
「世界をひとつにまとめあげるための、仮想の敵みたいなものかな。聖女が人々をまとめるための偶像だというのならば、俺はすべての憎しみをその身に受ける負の偶像だ」
そっとサリバンの頬に手を伸ばした。いつもの穏やかな微笑みのまま、彼は目をつぶる。
「どうして教えてくれなかったの?」
「毎回、どうにもできなくて、結局君を泣かせることになるからかな。この世界の澱みが一定以上溜まると魔王として認知されてしまうんだ。それは誰にも覆せない。神さまとやらがこの世界をそういう風に創ったからね」
「そんなのおかしいじゃない。どうして、あなたが神さまと世界のみんなの後始末をしないといけないの」
「自分で自分を封じようとしたけれど、それもなかなかうまくいかない。やっぱり、道理を捻じ曲げることのできる神の力を使った奇跡でないと。今回は魔術師の資格をとってみたけれど、結局自分が持っている以上の知識は出てこなかったよ」
ずっとサリバンひとりに苦しい思いをさせてきたことを申し訳なく思いつつも、何の相談もしてもらえなかったことがやっぱり悔しい。八つ当たり気味に、頬をぐにぐにと引き延ばせば、くすぐったそうに笑われてしまった。
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