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第18話 姫さま!
チキン南蛮定食を待っていたイケメン男性客、上月 可夢偉(こうづき かむい)は呆気に取られて店の入口を見つめた。香雪が可夢偉のところへやって来て頭を下げる。
「騒がしくて申し訳ありません。もう少しお待ち下さいね」
「いやーびっくりした。さっきの人、美白美人なのに、特殊コマンドみたいな恰好で飛んでいきましたねー。『姫さま!無茶だっ!』って言いたくなりましたわ」
香雪は苦笑いした。ナウシカに出て来るセリフね。随分古いけど。
「すみません、身体の都合であんな恰好をしないと外に出られないんですよ。お陽様の光が駄目なんです。月は大丈夫みたいですけど」
「へぇー、病気みたいな?」
「まあそんな感じみたいですね」
「よくバイトされてますね」
「研究の一部みたいですね」
「研究? 料理の、ですか?」
「いえ、古典文学ですって。大学院生なんですよ、賢い子です」
「へーー」
妙に感心した可夢偉は出されたお茶をすすった。美しいあの人。幻想のような存在。月の光しか浴びられない白い肌、ちらっと見えた絹のような髪。実はかぐや姫とかじゃないのか?
程なく穂波が片栗粉を抱えて戻って来た。
「遅くなりました、片栗粉!」
叫ぶや否やキッチンに入り、豚肉の続きを始めた。穂波が出ている間、香雪に叱られた夏帆はいじけて客席の端っこに座っている。
「穂波ちゃん、チキン南蛮定食上がったよ」
「はい」
「大変お待たせしました。あ、お茶、お注ぎしますね」
可夢偉は出来立てのご飯、遅い昼食であり早い夕食を前にして、まずは穂波に聞いた。
「先程ママさんに伺ったのですが、外に出られないって太陽光を浴びられないってことですか?」
「え? ええ、そ、そうです。情けないですけど」
「治療方法はあるんですか?」
「いえ、体質なので」
「ふうむ」
可夢偉はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を穂波に差し出した。
『ローレライ薬品株式会社 営業本部 近畿第2営業支店 主任 上月 可夢偉』
とあった。名刺など見慣れていない穂波には、レトロモダンな名前という印象しか残らない。
「こういう仕事なので、お役に立てるかも知れません」
奥の席で夏帆が顔を上げる。穂波は戸惑った。
「あの、お薬を売っていらっしゃるってことですか?」
「そうです。当社製の薬品は勿論、場合によっては海外の最先端をご紹介したりします」
「あ、有難うございます。で、でも日焼け止めで何とかなってますし」
「万一、太陽光を浴びたらどうなるんですか?」
「火傷みたいになるので、酷ければお医者さんに行きます。皮膚科とか」
「なる! じゃ、そこで当社の最新薬品が役立つかもですし、予防にも使えるかもです。どちらの皮膚科さんですか?」
「え、いや、あのこっちではまだお世話になったことないので」
可夢偉は立ち上がり、ぐいっと顔を突き出した。
「ご紹介しましょう! 信頼のおける当社の薬品をお使いの皮膚科さん!」
「え、いや、あの、大学に聞いて探そうと思ってますし、それに冷めちゃうのでお召し上がりになった方が…」
「穂波さん、頼んじゃいなよー、こんなイケメンって滅多にいないよー。どうせひとりじゃ探せないでしょ?」
夏帆の大声が店内に響いた。
「ああ、じゃあまたお願いするかもですけど、本当に冷めちゃいますので」
「了解です。ご連絡お待ちしています。穂波さんって仰るんですね。何だか月の姫さまみたいでお美しいです」
「あ、有難うございます」
可夢偉は座って箸を取り、穂波は首を傾げながらカウンターに戻って豚肉を叩き始めた。夏帆だけが両者をチラチラ見較べて不満そうだった。
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