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本棚に追加第10話 目撃
心の底に沈殿した澱を抱えながら、穂波は課題を消化した。文美の辛口助言も受けながら研究テーマを定め、修士号を目指すと言う目標も立てた。果たしてこれで卵の殻が破れるのか、未だ確信はない。
2回目の『古典読み聞かせ会』は、然したる波乱もなく終わり、美弥からの視線もさらりと躱した。穂波はたった2ヶ月ではあるが、自分の成長を感じていた。かつて美弥が人見教授に対して口にした『正体』とはこうやって固まってゆくものなのか。尤も自分にとってはどうでもいいことだ。先生を誘惑なんて有り得ないし。
その日、たまたま早く目覚めた穂波は、無意識にそのまま朝のルーチンを過ごし、いつもより随分早めにマンションを出た。早く着いたとしても、読みたいものはたくさんあるので困りはしない。穂波は朝日から身を隠して20分の道のりを歩いた。
あれ。正門、閉まってる…。
こういう場合の対処はまだ知らない。学部生サークルの朝練なんかはどこから入るのだろうか。穂波はスマホのマップを表示し、写真モードに切り替えた。えっと、他に入口らしきは…、あ、こっちに車が入る入口がある。そうだ。いろんな業者さんの車が朝から入って来る筈。ここへ行くにはキャンパスをぐるりと迂回して…。
10分もかからず穂波は通用門を見つけた。予想通り門扉は大きく開いていて、中から1台のバンが出て来た。構内に入って舗装した構内道路を歩いてゆくと脇には職員用駐車場。既に何台もの車が停めてあった。先生たちも朝早いんだ…。穂波は傘を傾け朝日から身を守る。
すると、エンジンがかかった貨物トラックの少し向こうの車から人影が二つ降り立った。穂波はトラックの発車を待って一旦止まる。そして何気に通路を見た。二つの人影は並んで歩いている。
え? 先生…、と、あの後ろ姿は織部さん? え? 同じ車から降りたよね。たまたま出会って先生が乗せて来たのかな。穂波はトラックのお尻を抜けて、少し間を空けて二人の後ろを歩いた。そう言えば、先生や織部さんがどこに住んでいるのか聞いた事なかったな。同じ方角なのかも知れない。
その日の午後、講義の合間に院生室に戻った穂波は居合わせた文美に問うてみた。
「あの。先生と織部さんはお家が同じ方向なんですか?」
「ん? なんで?」
文美はちらっと穂波を見る。穂波はドキッとしたが聞いてしまったものは仕方ない。
「えっと、今朝、たまたま早く着いたら正門が閉まってて、駐車場の方から入って来たら、先生の車から織部さんが降りるのが見えたので、ピックアップとかされたのかなって思って」
文美は覗き込むように穂波を見つめた。
「それ、周囲には黙ってて。先生に迷惑かかるから騒ぎ立てないで。私が先生の車から降りたのは事実だけど、言っとくけど、あなたが想像しているような、そう言う関係じゃないから。いやらしいこと想像しないでよ。そんなんじゃないから」
ピシッと言い放って文美は院生室を出て行った。穂波は呆気にとられた。
え? あの言い方、ピックアップとかじゃないの? まさかだけど、先生と織部さん、一緒の場所から通っている? そう言う関係じゃないって、どう言うこと? 別にいやらしいことなんて想像してなかったんだけど。
穂波は余計に混乱した。

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