カラクリ箱

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 夜中、目が覚めると大江の姿がなかった。  まさかカラクリ箱を持って出ていったのかと思ったが、起き上がると蓮介のベッドの足元に座っていた。 「大江くん?」  座ったまま眠っているようだが、どうしてそんなところにいるのかわからない。  起き上がると肌寒かった。夏とはいえ、空調を一括管理されたホテルでは布団に入らないと冷える。おまけにホテルの寝巻きは薄手だ。  大江の前に屈み、正面から寝顔を見る。  長い睫毛が目立ち、目を伏せていても美しい顔立ちがわかる。 「大江くん、風邪を引く」  声をかけるが反応はない。  蓮介は肩を揺すろうと手を伸ばし、どうしても気になって前髪に触れた。生え際に指を差し込み、頭を撫でるようにして角がないか確かめる。  ――あるわけない……。  手を引こうとしたとき、大江の頭が蓮介の手に頬を寄せるように傾いた。 「あ……」  ただの身じろぎに過ぎないのに、思わずその肉の薄い、しかし滑らかな頬を撫でていた。 「大江くん?」  形のいい目が開き、瞳孔が蓮介を捉えた。ゆっくり眉尻が下がり、苦しそうな嫌そうな顔をする大江に、蓮介も表情をつられる。しばらく顔を合わせていると、その眦からスッと一筋の涙が零れた。 「大江くん……?」  すぐに寝息が聞こえ、それ以上、大江から反応が返ってくることはなかった。  ――怖い夢でも見ているのか?  蓮介は大江に布団をかけ、しばらく窓際のソファーに座っていた。  平穏な夜の景色を眺める。今晩は風がないのか、窓ガラスも嫌な音を立てない。  そういえば、昨日分のノートを書いていない。昨日は大江が研究室を綺麗にしてくれて……。眠る大江の顔を見ても、今日の出来事をすぐに思い出せない。  少し、いろいろありすぎた。
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